開会挨拶
研究課題の焦点を考える
副実行委員長
女子栄養大学教授
小原 秀雄
現在、地球環境の危機から、人間の社会的営みを何らかの形で環境と照合させなければならないことは自明となった。このままいけば、地球の生態的バランスが崩れ、破局に到達するであろうというのが、国際的な共通認識となったのである。市民レベルでは、1960年代から、また、国連においても、1972年のストックホルム[人間環境会議(*1)]、1992年のリオ・デ・ジャネイロ[UNCED(*2)]へと、環境の課題への認識が深まり、高まっていった。ついに、リオにおいては、国家元首級の最大規模の会議となったのである。1972年から92年への途は平坦ではなかったが、国家レベルにまで引き上げた対応の必要性がここにおいて確認されたことになる。そして、Sustainable Development(SD)が、「環境と開発の調和」というブラジルサミットの基本理念として共通に認識されるようになった。それ以後、我が国でも、政府・財界・研究者などの間で、このコトバ‘sustainable Development’が使われつつある。
ところで、地球環境問題は、2つの構造から成るとみなせる。一つは、人間のつくり出した社会と、その土台であり、かつ、社会的生産を介した物質代謝の対象である自然との相互関係。もう一つは、人間がつくり出した個々の人間の生活空間を含めた社会経済構成体の内部、生活環境の問題である。この構造の両面は、大気や水の汚染などの例を上げるまでもなく、相互に結び付いているのはもちろんである。
しかも、今日の事態では、すべての人間は内部に自然的存在としてのヒトを含み、具体的な社会は、自然を素材や土台としてつくり出した「モノ」と人間たちとで成立している。個々人から人類全体、そして、地球あるいは人類社会から各地域(地域社会や地域自然界)に至るまで、すべてが相互に関係し合い、このような構造のもとに存在しているのである。この基本的構造を基盤としながらも、人間社会の現実的なありかたは、過去の歴史的な存在形態を引き継いでおり、多くの紛争や課題が生起し、続いている。
今日提起されているSDの実現については、ともすると、現在の人間社会のありかたの持続性を、その利益と共に想定しがちな人々も少なくない。しかし、今日、ここに集まった人々は、新しいSustainable Societyのありかたを考え、実現しようとする人々であると思う。その際には、一面では、理想論的に、論理と倫理に基づいて、Sustainabilityを探求し、他方では、その実現への途は現実的な人間社会の実態の下に、どのような第一歩があるかを明らかにしなければならないと思う。この両面を備えた研究でなければ、実践性に欠け、また、永続可能な社会への展望を閉ざしてしまうだろう。
さらに、今日、国際化を改めて問わずとも、地域的地球的な関係のもとに我々はあり、しかも、巨大な消費大国としての日本及び日本人なのである。その地球に及ぼす影響は、アジアに限らず、アフリカや中南米などを含めて、世界的なものであることを自覚しなければならない。それらを視野に入れて考えるべきであろう。
1980年代に至って、世界は国連規模のNGOを中心にして、経済発展を含めた発展途上国の発展への強い要望と、地球環境の危機とを整合させるための基本理念としてSustainable Developmentを打ち出し、国際的な潮流を生み出した。我が国では、本研究会への前段階として、数年、西村忠行氏を中心として研究が進められてきた。今日では、一層、重大性を増してきたので、大きくワクを広げた次第である。
NGOの我々が、Sustainabilityの実現を目指すことは、まさに、国際的な民衆の連帯の動きの一つともなり、他国の実態を充分に把握する必要も常に生じている。その際、最も重要なことは、他国の自然と民衆の生活と、その視点からの共同研究と実践であろう。しかしなお、いわゆる国益が支配的となる現実に対して、それに基づかぬNGOとして、我々は、ここに、このような国際的連帯を含めたSustainable Society実現への課題や基本概念を確認、確立しつつ、研究を進めていく一歩を踏み出さんとしているのである。
Sustainable Societyには、最初に述べた2つの環境構造面からのSustainabilityの視点が必要である。一つは、自然のSustainabilityであり、社会システムを介した自然との物質代謝の上で‘sustainable’を目指さねばならない。もう一つは、社会システムの内部の構造におけるSustainabilityである。野生生物そのものや、その排出物さえも自然界においては、全てSustainableであるのに対し、社会システムの中では異なったふるまい(挙動)をする。したがって、社会システム内の特定の条件下で、自然の素材から物質を生産する上でも、また、流通し、配置する上でも、「モノ」と人間との間には安定した関係が必要となる。それは、家庭内における様々な物の存在から、生産システム、さらには、人間形成の場における「モノ」のあり方までが、様々なレベルでSustainableでなければならない。まさに、経済上では分配の公正さなどを含むと共に、生活物資、生産物資の質が問われねばならない。大量生産・大量消費が問い直されると共に、第三世界において、その世界内部での社全構造が問題である。
以上の構造や生産関係の中に人間が位置付けられ、その精神を含めて人間のあり方が決定される。こうした構造的な状態に接近するため、従来の自然科学、社会科学の枠を外し、共に新しい角度から課題を見い出そうというのである。
*1)人間環境会議:The United Nations Conference on Human Environment
*2)ブラジルサミット(UNCED):The United Nations Conference on Environment and Development