クルマ依存からの脱却 クルマなしで暮らせるか?
〜ヨーロッパのカーフリー・ハウジングに学ぶ〜


講演 松本 滋 (兵庫県立大学)




サステイナブル・コミュニティは脱クルマ社会


「20世紀はクルマの時代だった」という言葉まである。よかれあしかれ、この百年、自動車(クルマ)が、人々の生活に衝撃的な変化をもたらした事実を否定することは出来ない。人や財貨の移動にとってクルマはあまりにも便利だ。もはやそれなしでは生活できないような気さえする。


しかしその便利さの裏側で、うんざりさせられる事態が起こっている。そんな事態は増殖し、いまや地球の隅々にまで広がろうとしている。身の回りで起こるのは、その数が増えすぎたための(1)事故の多発と死傷者の増大、(2)公害・大気汚染、そして(3)渋滞・駐車難である。「自動車三悪」といわれるこれらによって、クルマの本領である「小回りの利く便利さ」というメリットまでが、大きく損なわれているのだ。おまけに地球規模では、多量の炭酸ガスを排出して、それは人類的一大事、地球温暖化の有力な一翼を担う。


だがそのようなデメリットは、将来、技術的に軽減できる可能性がないわけではない。すでにそのための旺盛な開発努力が、さまざまな分野で行われている。にもかかわらず私が懸念するのは、むしろ「クルマ社会化」にともなうもっと本質的な問題、それが交通システムや都市構造を変え、人々のライフ・スタイルをクルマ依存型のそれに換えてしまうことである。そうなると、私たちの生活は、クルマを便利に使うという域をはるかに超えて、逆にクルマに支配され、クルマなしでは生きられなくなる。


さらにそのような社会の中で、クルマはすべての人が平等に利用できるわけではない。低所得者や高齢者、障害を持つ人々など、クルマを使えない交通貧困層が必然的に生まれてしまう。クルマは、差別がのさばる社会づくりの手助けさえしかねない。


それでは「究極の人権社会」ともいうべきサステイナブル・コミュニティを目指して、こんな「クルマ依存社会」から脱け出すことはできないものか。つまり脱モータリゼーション(脱モータリ)の実現である。だが考えてみると、脱モータリへの道は、意外に厳しい。「交通システム」「都市構造」「ライフスタイル」の3つのすべてが、複雑にそれに絡み合っているからだ。しかしながら現実には、90年代の後半から、ヨーロッパでは、20件に近いカーフリー・ハウジング(クルマのない住宅団地づくり)が実現している。それはなぜだろう。実地調査の体験を通して、この秘密をさぐってみよう。このような例を、日本で実現することが可能だろうか。それを考えることが今日のお話の要点である。



コラム 〜脱車社会におけるカーフリーハウジング〜


脱クルマ社会をつくるにはどうすればよいか、すでに何十年も前から多くのことが論じられ、試みられてきた。公共交通(鉄道やバスなど)を充実させ、自転車移動、徒歩移動を優先させる。自動車交通の規制を強め、またその保有にも制限をかける。低床路面電車のような、新しい技術の出現にも期待する。要するに、20世紀を支配した自動車型の交通システムを、脱自動車型のそれに置き換えようと、多くの努力がなされてきた。


しかし最近は、既存の都市をそのままで、交通システムだけを換えようとしても、たちまち限界に突き当たることがはっきりした。「都市構造」そのものが、脱クルマを前提にしたそれに変わらなければならないと考えられるようになったのである。そうなると、ことは人々の「ライフスタイル」にも直接に関わってくる。脱クルマ社会をつくるためには、この三つの要因、「交通システム」「都市構造」「ライフスタイル」についての対策をすべて視野に収めなければならない。図に見るように、これら三つの円が交差する領域にカーフリーハウジングが位置づけられる。すなわちカーフリーハウジングとは、交通システムの改善だけではなく、都市構造や、人々のライフスタイルにまで踏み込んで、クルマのない生活を実現しようとする試みである。




ヨーロッパ、主としてドイツのカーフリー・ハウジング視察の旅から


世界最初のカーフリー・ハウジングとして知られるのは、ドイツ、ブレーメンのホラーランド団地である。1990年にブレーメン大学のクラマー・バドニが「カーフリー生活」を提唱、1992年に、6組の家族による4週間の「カーフリー生活」の実験が行われた。この実験はうまくいき、ブレーメン市は同年、都心から8kmの郊外に220戸のカーフリー団地の建設を企画するとともに、バスや路面電車の延長も計画した。


だが1995年、最初の22戸の分譲が開始されたが、予想に反して実際に購入されたのは4戸に過ぎなかった。そして翌96年には、プロジェクトは中止に追い込まれる。挫折の原因には、「立地の不適切」、人々は賃貸を期待したのに「分譲住宅にした」こと、おまけにその「価格が高すぎた」などが挙げられている。しかしそれ以上に、カーフリーという理想にこだわりすぎ、「自動車保有の恒久的放棄を入居の条件」としたことにあるらしい。


こうしてこのパイオニア的な試みは失敗に終わったのだが、それでもこの試みが残した影響は決して小さくはなかった。つぎつぎと問題点を修正して、いくつもの後継プロジェクトが出現したのである。それらのうちの代表的なものを見て回った。他にイギリス、オランダ、デンマーク、オーストリアの例を加えて、その立地条件(表−1)、建築概要と開発方式(表−2)、交通条件と居住環境(表−3)を、まとめてつぎに示す。これらの都市は、人口20万を割るこじんまりした街から、200万に近い大都市までさまざまである。イギリスのエジンバラや、オーストリアのウィーンのように、都市中心部が世界遺産として登録され、その保全のために脱クルマの方向へ社会的圧力がかかっている都市もある。



表-1 調査対象のカーフリーハウジング事例とその立地条件

プロジェクト名(略号)

都市

開発時期

都市人口

歴史的旧市街

都心からの距離km

立地地域

スレートフォードグリーン
Slateford Green(SG)
イギリス エジンバラ 99 40万 ◎世界遺産 3.5 郊外住工混合地域
GWLテライン
GWL-terrein (GW L)
オランダ アムステルダム 96 73.5万 ◎観光・商業 2 インナー市街地
ヴォーバン
Vauban (VB)
ドイツ フライブルグ 99- 19万 ◎観光・商業・大学 3 郊外住宅地
シュツッツガルターストラーセ
Stuttgarter StraBe (SS)
ドイツ チュービンゲン 95- 8.5万 ◎大学・観光 3 インナー郊外
コルンブスプラッツ
Kolumbusplatz (KP)
ドイツ ミュンヘン 96 130万 ○商業・CBD・観光 1.4 インナー市街地
メッセシュタット・ライム
Messestadt Reim (MR)
ドイツ 98 7 郊外ニュータウン
ガルテンジードルング・ワイゼンブルグ
Gartensiedlung WeiBenburg(GW)
ドイツ ミュンスター 00- 28万 ◎観光・商業・大学 2.5 インナー郊外
グリューネンストラーセ
Grunen StraBe (GS)
ドイツ ブレーメン 95 55万 ○商業・観光 0.7 インナー市街地
スタッドハウスシュルンプ
Stadthaus Schlump (ST)
ドイツ ハンブルグ 95 170万 商業・CBD・観光 3 市街地文教地区
ザーランドストラーセ
Saarland StraBe (SA)
ドイツ 98- 5 インナー郊外
Bo90 (BO) デンマーク コペンハーゲン 98 150万 ○商業・CBD・観光 2 インナー市街地
フロリツドルフ
Floridsdorf (FL)
オーストリア ウィーン 97 164万 ◎世界遺産 5 インナー郊外

注:煩雑さを避けるため、表2,表3では団地名称に略号を用いている。
なお、表1、表3の ◎は「すぐれている」 ○は「良い」 △は「一部」 ×は「ほとんどなし」 を意味する。



表-2 カーフリー団地の建築概要と開発方式

団地 敷地ha 戸数 住棟形式 住戸供給・所有形態 開発主体と開発手法 敷地の元用途
SG 1.6 120 アパート・囲み型 2-4F 公営賃貸、シェア住宅、分譲 市当局とハウジングアソシエーション 鉄道貨物ヤード
GW L 6 600 アパート・平行型 4-9F 公営賃貸、分譲 区による公的開発 水道配水場
VB 38 2000 アパート・平行型 2-5F 持ち家コーポラティブ、住宅組合賃貸 NPOのコーディネートするコーポラティブ 仏軍駐屯基地
SS 60 6000 アパート・囲み型 3-7F 民間分譲、コーポラティブ、学生寮 公的再開発地の民間コーポラティブ 仏軍駐屯基地
KP 0.38 75 アパート・市街地型 6F 公的賃貸 市出資のGEOFUGによる社会住宅 市街地再開発
MR 〜1 28 庭付きテラスハウス 3F 持ち家コーポラティブ NPOの支援するコーポラティブ 空港
GW 3.8 250 庭付きテラスハウス、アパート・平行型 3-4F 公的賃貸、分譲 住民参加型公的開発 軍兵舎用地
GS 0.08 23 アパート・独立型 5F 住宅共同組合による賃貸社会住宅 住宅要求運動によるコーポラティブ 工場跡地
ST 0.5 45 転用アパート・囲み型 3-5F 民間高級賃貸 民間デベロッパー 保存指定の病院
SA 2 220 アパート・囲み型 3-5F 持ち家、シェア住宅、公的賃貸 NPOによるコーポラティブ 工場跡地
BO 〜1 28 アパート・囲み型 4F NPOコーポラティブ賃貸 住民運動を背景にしたコーポラティブ 市街地再開発
FL 1.8 250 アパート・囲み型 6-7F 公的賃貸 住民運動を背景にした市営住宅 工場跡地


注:コーポラティブ:コーポラティブ・ハウス、つまり「協同組合住宅」。



表-3 カーフリー団地の交通条件と居住環境

団地 公共交通の便 自転車 自動車進入禁止 自動車保有の制限 敷地内駐車場 非保有率% 緑・ビオトープ 付属共同施設
SG ○バス × 禁止 なし 10% 75 ○ ビオトープは立派だが緑は貧弱 集会所、子どもの遊び場
GW L ◎路面電車 禁止 なし 20% 62 ◎ 生垣など緑が多い、運河、ビオトープ、家庭菜園 レストラン、テレビスタジオ、自転車屋などの商店
VB ○バス 短時間可 130万円負担要 約50% 46 ◎ 大小さまざまな樹木、花壇が多い スーパー、ソーラーガレージ、NPO事務所、集会所、昼食レストラン、保育所、学生寮、LRT計画路線用地
SS ○バス 一部不可 なし 有料立駐あり - ○ 中庭の樹木、花壇 当局現場オフィス、1階商店、ワークショップ、学校、学生寮
KP ◎地下鉄 不可 なし 約10% 約90 × なし
MR ○地下鉄 自発的制限 なし 100 ◎ 広い芝生、花壇。樹木はまだ小さい 共同屋上テラス、地下工作室、洗濯室
GW ○路面電車 禁止  - 約10% 100 ○ 専用庭の芝生と生垣。樹木はまだ小さい 集会所
GS ○路面電車 前面道路可 自発的制限 なし 100 ◎ 庭いっぱいに樹木や草花を植えている 子どもの遊び場、集会室、工作室、屋上テラス
ST ○バス 中庭以外可 なし 約50% 25 ◎ 中庭に病院時代からの大木と芝生 集会室、カフェ、貧困者給食センター、ソフト会社、幼稚園
SA ○電車・バス 中庭以外可 自発的制限 来客用3台のみ 100 ◎ 運河沿いの大木のほか、芝生、花壇、菜園が多い 集会所、菜園、ボート倉庫
BO ○バス 前面道路可 なし なし 95 ◎ 中庭に樹木が多い 集会室、共同台所食堂、共同洗濯室
FL ◎路面電車 禁止 自発的制限 約10% 92 ◎ 保存樹、ビオトープのほか、芝生、さまざまな樹木が多い 管理事務室、ネットカフェ、エコショップ、子どもの遊び場、集会室、工作室、屋上テラス、屋上菜園

注:ビオトープ:植物や魚、昆虫など、自然界の生き物が共存する空間。



カーフリー・ハウジングとはどんなもの?


カーフリーとは、もちろん「自動車がない」ということだが、その程度には、いろんなレベルがある。単に外部から団地内へクルマの進入を禁止するものから、域内には駐車場を造らせないというもの、自動車の保有を制限するものなど。しかし上述ブレーメンの団地の挫折を教訓として、厳格に保有を禁止する例は少ない(表−3参照)。


カーフリーにすることのメリットを整理してみよう。緑地や子どもの遊び場など、団地としての共有施設が造りやすいため、安全で質の高い居住環境を実現できる可能性がある。子育てにこだわる家庭にはもってこいだろう。そのうえ、住民の間にはもともと「脱クルマ社会」に住みたいという同志的感覚があるから、クルマを利用した遠出のレジャーよりも、たがいに共同して、コミュニティの内部で楽しもうという気持ちがつよく、そのためのさまざまな工夫が凝らされる。


このような傾向は、終局的には、年齢、階層、家族形態等が単一化しやすい現代の都市生活のあり方を超えて、サステイナブル・コミュニティと呼ぶにふさわしい「ミックス居住」回帰への道を開くだろう。そこでは、障害者や高齢者、低収入者などいわゆる社会的弱者が、コミュニティにやさしく抱擁される「暖かい空間」の実現も期待される。


開発者の側から言っても、駐車場を確保するための費用が要らないので、相対的に手ごろな価格帯の住居を供給することが出来る。また視察したかぎりでは、新規開発よりも、軍事基地、工場、鉄道ヤードの跡地といったいわゆる「ブラウン・フィールド」再開発の例が多い。その場合、当然現代の要請に応じて、サステイナブル・コミュニティらしい、緑を確保したエコロジカルな開発志向が強かった。ただし、既存の団地をカーフリー団地に改造した例は見られない。そこではカーフリーにすることによる駐車場コストの節約など、実利的メリットが期待できないからである。


また都市づくりという側面から見ると、カーフリー・ハウジングは、TDM(交通需要管理)、TOD(公共交通志向型開発)など、交通問題を解決に導くためのさまざまな工夫を実現させる有力な条件になるであろう。それは都市の中での自動車の削減・制限、中心市街地における人間らしさの確保、公共交通の整備、自転車と徒歩空間の整備等々、それらの実現に向かう一里塚であることはまちがいない。



TDMとは
Transport Demand Managementの略。「交通需要管理」。交通需要の増大と道路建設の追っかけっこという現実に対して、需要の方をコントロールして対処しようという考えから生まれた概念。具体的には、ロードプライシング(通行料課金)、自動車相乗り優先、公共交通優先、時差通勤、パーク・アンド・ライド(都市周辺に駐車場を造り、そこから公共交通機関に乗り換える)等々、さまざまな手段を組み合せて計画される。


TODとは
Transit Oriented Developmentの略。「公共交通志向型開発」。自動車に乗るのをやめて公共交通優先の生活をしようとしても、それらがなければ利用できない。そこで住宅団地や公共施設を、公共交通機関(バス、路面電車など)とセットで開発しようという考え方が生まれた。



カー・シェアリングがライフスタイルを変える?


カー・シェアリング(注)とは、市民一人ひとりが自家用車を持つのではなく、何人かでクルマを共有し、必要に応じて使う会員制のレンタカー・システムである。1980年代にスイスやドイツではじまり、いまではヨーロッパ各国、アメリカ、シンガポールなどで盛んに行われるようになっている。



注:シェアリング
シェアリングは、社会的に価値のあるものを、それぞれが占有するのではなく、何人かの集団で共有しようという概念。近年、ワーク・シェアリング、ルーム・シェアリングなどの語もよく使われている。


ブレーメンのカーフリー団地の挫折は、厳格なカーフリーを性急に求めたことがその一因であった。人々はクルマの増えすぎにうんざりしていても、いざというときにクルマがないと困るだろうという懸念から、車を捨てられないでいることが多い。それでクルマの数を減らし、同時にその「いざというとき」にも対応できるようにしようというのが、カーシェアリングの発想である。うまく成功すれば、クルマ保有への執着を断ち切ることができる。


住民同士のクルマの共用や、会社のクルマを利用する、友人や親戚のクルマを使うといった私的な実践の例もあるにはあるが、社会的に話題を集めているのは、カーシェアリング会社によるそれである。ヨーロッパでは、NPOが都市圏ごとに運営しているところが多い。その場合、市内各地に配置したデポ(カー置き場)の一つとして、団地内に2〜数台のクルマを配置する。もちろん完全に整備済みで、いつでも乗れるようになっている。置かれているクルマの種類もさまざま、小型車を中心に、ワンボックスカーもある。会社はいろんな需要に対応できるように心がけている。


整備点検、洗車、車検などはみんな会社がするから、利用者には、それらにかかる手間も費用も一切ない。あらかじめ会員として登録するが、実際の使用時には、電話やインターネットで予約する。デポに行って、クルマに会員証をかざし、暗証番号を入れるとロックがはずれて乗れるようになる。走行距離や使用時間で課金されるようになっており、全体としてかかる費用は、自家用車を保有する場合の3分の1程度である。あまり予約上のトラブルはないという。クルマに支配されて、必要とも思えないときに乗るような事態が無くなるためであろう。


日本でもカーシェアリングは行われ始めている。しかし旅行者や官庁、企業の業務目的の利用を想定した駅前レンタカーの性格が強く、成功していると言える例は少ない。東京の三鷹等で行われている団地実験は好評のようである。



ドイツと自動車


ドイツは自動車大国である。歴史的には、有名なナチスドイツの国民車構想3点セットとして始まった。1930年代のことである。3点セットというのは、(1)「フォルクスワーゲン」(「国民車」の意、小型で安価な実用車)の普及、(2)アウトバーン(自動車専用道路)の建設、(3)車庫法(1戸に1台分以上の車庫設置義務を課す)の制定をさす。こうしてドイツと自動車の濃密な関係が始まった。


実はこの車庫法というのが、ドイツではいまも基本的に生きている。日本ではクルマに対して保管場所の確保義務があるため、クルマを手放せば当然ながら車庫は要らない。しかしドイツでは、クルマを持つ意志がなくても住居があれば車庫が必要だというおかしな具合になるのである。そのため、視察の旅のあいだには、日本の制度のあり方を絶賛するカーフリー運動家にも出会った。しかし現在では、自治体がその団地をカーフリー・ハウジングとして認めれば、車庫設置義務は緩和される。その際、住民の半数以上がクルマを保有せず、カーフリーの生活をすることが必要になる。


しかしこれを逆に見れば、ドイツでは、一人ひとりの意志ではクルマを捨てることが困難である。だからこそ、逆にカーフリーのための社会的条件整備が必要で、それがカーフリー生活を目指す人々が集まってクルマなし団地を造ろうという共通の意思が生まれる要因にもなっている。自治体のなかにも、カーシェアリングの会費や、公共交通定期券への補助を行って、カーフリー団地への経済的インセンティブを用意するところも現れている。



カーフリー・ハウジング運動の意義と日本の場合


さて世界人口の63億人(2003年)を全体としてみると、まだまだほとんどの人は、クルマのある生活をしているわけではない。自分の脚以外には移動手段を持たない人さえ数多い。考えようによっては、カーフリーは、別段珍しいことでも何でもないのである。ところがその一方で、いわゆる先進地域ではクルマは飽和して嫌気がさす人々の数が増え、脱クルマを目指す考え方が生まれ、実践を模索する運動が起こっている。


このような世界のモータリゼーションの動向のなかで、問題は中進地域、大まかな分類では開発途上国とされている社会の状況である。特に人口大国である中国とインド社会の動向はすさまじい(両国の人口を合わせると、世界人口の40%に近い)。この両者は、いま20世紀後半の日本社会の高度成長時代を思わせる状況に置かれており、まさにクルマ社会化の爆発寸前の状態にあるといえる。


このような世界の状況のなかでカーフリー・ハウジングの運動がもつ意義は、クルマを捨ててこそ取り戻すことの出来る人間的な生活のデモンストレーション効果であろう。そのためには、カーフリーの生活とその住環境の豊かさを目に見える形で実現させ、カーフリーに至るための条件を具体的に示すことが必要である。しゃにむに欧米や日本の後追いを始めている中国やインドの社会を思うとき、われわれにもまた、クルマなしでも生きられる真に豊かな生活のモデルをつくって、彼らに示す責任があるのではなかろうか。


そこでひるがえって日本の現状を見よう。ここにもカーフリーで暮らす人々は結構いる。自然的、社会的に車が使えないという理由から、おのずから出来ているカーフリー地域もある。尾道や長崎の斜面地、離島、市街地のど真ん中、歴史的町並み、それにあの大都市の超高層ビルではどうなのだろう。そしてドイツとは異なり、数は少ないが、たとえば大阪南港ポートタウン、武庫川団地など、意図的にクルマの乗り入れを禁止する自動車抑制志向の団地も見られるようにはなってきた。
そのような試みにとって、紹介したヨーロッパの事例は、カーフリー・ハウジングのすばらしさを示すモデルにすることができると思われる。また日本では、個人の意思でクルマを捨てることに法的な制約がない。捨てるつもりならいつでも捨てられる。そのためにかえって、カーフリーの社会的な条件整備が進まない。この条件整備をいかにして進めるかが、日本での運動が成功するかどうかの鍵になるであろう。


(以上)