第7分科会概説
「21世紀人の集い」
午前中の基調報告に引き続き、同じく11階ホールにおいてスタッフを含め、70余名の参加者を迎えてにぎわう中、第7分科会「21世紀人の集い」が開催された。
<21世紀人へのメッセージ> サンダルラル・バフグナ
オープニングにバフグナさんより、若い世代の多いこの分科会の参加者にむけて激励のメッセージが贈られた。このメッセージの要約を以下に記す。
若さというのは力の源泉であり、エネルギーに満ちたものである。力とは心からくるものでそれが新しい理想やアイディアを生み出す。
最初に提案したいのは、20世紀に蓄積してしまった古い考え(ドグマ)を捨て、新しいものを入れるための空間をつくること。現代の際限ない物質的な欲や経済等は、未来に暗い運命をもたらす。二つ目の提案。若い人達は力に満ちた健康的で強い身体を持っているが、間違った概念に取り付かれてうわべだけの楽しみ(メリーメイキング)や、闘うということに浪費されている。そしてこれは何も満たさない。この力は病める地球と子供達のために使うべきである。
人は愛することができるが、大抵の人は小数の人達に愛を与えるだけで終わっている。心というのは偉大で、人間だけでなく、すべてのものに愛する心を広げることができる。あなた方がそれを実行に移すとき、わくわくするような興奮、新しいものを産みだした想いに満たされることができる。周囲の未来に奉仕する時、真の喜びを得ることができる。
もう時間を無駄にしないで下さい。今、ここで決心して下さい。あなたがこの「永続可能な社会」の設立に、貢献するということを今ここで決めて下さい。「永続可能な社会」とは、すべての人が永遠なる平和と幸せ、満足を得ることができる社会。それは、農業革命や産業革命がもたらす様なものではなく、精神的な革命であり、私達を高尚で偉大なるものに引き上げ、地上に天国をもたらすものである。
(最後に、バフグナさんのスローガン“YES TO LIFE”“NO TO DEATH”を参加者全員で復唱してメッセージを終えた。)
<オゾン層破壊・地球温暖化>高木善之
続いて高木さんより、オゾン層破壊と地球温暖化についての報告があった。一般に思われている以上の環境破壊の深刻さに多くの参加者はショックを受け、そして、そのほとんどの原因が我々先進国の生活スタイルにあることを改めて認識させられた。その概略を以下に記す。
フロンガスの放出によりオゾン層が破壊されている。そのために増加した紫外線Bの影響で、すでに皮膚ガン、白内障、失明が増加し、生態系に変化を及ぼしている。そしてこの影響はまだ始まったばかりであり、対流圏に残されている大部分のフロンガスのために、今後さらに大きな影響が現れると予測されている。欧米ではすでにノンフロンへの動きが起こっているが、日本では今だにフロンガスの回収さえも行われていない。
地球温暖化については、CO2の過剰な排出が主だった原因であり、すでに平均気温が上昇傾向を示している。今後も更にこの事態が進むと予想され、その影響で異常気象、海面上昇、生態系の破壊といった現象が大きな動きで引き起こされる可能性が高い。
これらフロンガスとCO2の排出源の大部分は、我々先進国の一人一人の生活から出されるものであり、環境被壊の直接の原因である。このことを自覚した上で、我々が何をすれば良いのかを考えることが必要ではないだろうか。
(詳細については、別途の高木善之氏のレポートを参照)
<活動報告>
午前のプログラム終了後すぐに、あらかじめ決めておいた6つの班(A〜F)におのおのが集まり、各班ごとにテーブルを囲んで、昼食を取りながら一人1分程度の軽い自己紹介をおこなった。その後、休憩時間をはさんで午後からは各個人、グループの活動事例が4件報告された。
<エコリーグ> 六車 ふゆみ <キャンパスエコロジー> 伊東真吾
始めは二人が、今までの活動を互いに語り合うといった形で進められた。六車さんは約6年間の市民運動の経験を、伊東さんは大学内での今までの活動経験を話した後、最近二人が新たに連携して取り組み始めたそれぞれの運動の発表をした。
エコリーグは、昨年度の国際青年環境開発会議(後出の“A SEED JAPAN”主催のイベント)で採択された行動計画の一つ、青年環境サークルの全国ネットワークの実現化をめざし、正式な設立にむけて準備を進めているところである。現在、準備イベントを通じた人と人との交流を重ねる中で、連帯感が生まれつつあるところである。今後は、パソコンを利用した情報システムの確立、もう一つは青年環境サークルの名鑑の出版等を通して運動の効率化をはかっていくことを考えている。六車さんは「その中から直接的に社会に働きかける運動が生まれてくることを信じている。」と今後の活動の広がりに期待をよせる言葉を最後に添えた。
キャンパスエコロジーは、エコリーグの中での直接運動の一つとして生まれた。大学の中は、必要なものがすべてそろった生活の場であると同時に、一つの事業所でもあるという観点から行動している。具体的には、学内リサイクルや省資源の提案及び実施、各大学での環境実態の調査及び報告集の作成を進めている。伊東さんは「今後は更に、横のつながりを生かしたキャンペーン展開をしたい」と運動の展開に積極的な姿勢を示した。
<主婦> 佐川 邦子
佐川さんは、一家庭の専業主婦として30年あまり毎日の生活や子育てをしてきた経験のなかから、環境問題について実行している事や感じている事を飾ることなく報告した。
佐川さんは、3人の子供のうち一人がアトピー性皮膚炎であったことから食べ物を全部手作りでしており、その食卓を囲んで、子供達に人や物を大切にするということの意味を日常の会話の中で絶えず伝えるようにしてきている。また、生ゴミを家庭菜園の肥料にしたり、食べ残しは近所の野良猫に食べさせたりと、身近なところからゴミを減らす努力や生き物の命を大切にすることを実行している。佐川さん自身が子供の頃、「残したらな、あんたの分を無くすんやで。あんた御飯粒がもし残ったりパン屑が残ったら、それ皆屋根の上へほっといてあげなさい。そうしたら小鳥が喜んで食べるから」と母親から聞かされていたことが記憶に深く刻み込まれているという。そうした形で共存共栄の思想を学んだことが、いまに活かされているのだという。
また、今の日本と本当の豊かさのことについて触れた。日本で一年間に捨てられる食べ物の量が一千万トンあり、これが年間の米の生産量とほぼ同じ量であること。また、手付かずで捨てられる輸入米や、大きさが不揃いなだけで生産地で処分される大量の輸入玉葱のこと。そして、そのために飢えに苦しむ外国の人達がいることを知って非常にショックを受けたという。「人が泣いてもつらくても平気なのだろうか」と怒りを込めながら「これからの若い人達は日本でこういうことを続けてほしくない」と訴えた。そして最後に、「結局いかに自分達が、子供達にそうしたことを知らせていけるかにかかっている」と呼びかけ報告を終えた。
家庭の中での触れ合いから、食べ物、生き物、そして人間を大切にすることを親から子供達に伝えるのが、環境教育の基本であることを改めて認識させられた報告であった。
<尼崎公害患者の会> 松 光子
尼崎公害患者会が生まれて20数年。現在この会の会長を務めている松さんより、公害が生まれた背景と、患者会が果たしてきた運動と成果、今後の問題点についての報告がされた。
戦後の高度経済成長のなかで、全国の工業地帯で起こったSO2を主原因とする気管支喘息等の公害病。尼崎では「雀が飛びながら落ちる」という光景も見られる程であったという。その頃から世論が沸き立ち、国会では世界に類の無い公害健康被害補償法が制定された。これを元に患者会が、企業や国に責任追求と公害対策の実施を叫び、闘い続けた成果としてSO2は減少した。ところが、新たに自動車の急激な増加に伴うNOxによる大気汚染が始まっていた。しかし国は、公害は終わったとして公害指定地域の解除をおこない、公害患者の追加認定を打ち切った。そして始まった公害輸出。松さんは、同じ間違いが他国で再び繰り返されることを防ぐため、工業発展を進めるソウル、バンコクへ、日本の公害の実態を知らせる旅を一昨年前より始めている。
尼崎だけでも、公害病の苦しさに耐えかね自殺した人は40人あまりにのぼっているという。その中で、70歳位の女性が苦しさのあまり自分の指を噛みきって書いたという血染めの遺書が提示された。どんな言葉よりも衝撃的であった。
松さんは、酸性雨の問題にも触れた上で「足元の公害を見直して下さい。私達被害者はもう何年も生きられません。皆さん方、本当に考えて。今、本当に考えて頂きたいんです。なぜなら次の世代、地球環境を考える皆さん方は、次の世代に生きて行かなければならない人達なんです。」と参加者に訴えかけて報告を締めくくった。
現在の日本では、こうした公害問題は若い世代においては地球規模の環境問題の影にかくれて、実態を知らされる機会がほとんどなかった。その意味において、青年層が改めて環境問題の出発点ともいえる一番身近な日本の公害の歴史や実態を、直接の被害者から学ぶ機会を得られたことには大きな意義があった。
<A SEED JAPAN> 米田 律子
前の発表のメッセージを受け継ぐ形で、次の世代を代表し国際的な環境活動を展開する青年環境団体“A SEED JAPAN”の米田さんより活動報告がされた。
“A SEED JAPAN”は地球サミットに向けて、青年の声を届けるための日本の窓口として1991年に設立されたが、その頃は青年の活動が軽視されていた感があった。地球サミットでは、アジェンダ21の中に声を反映させることができ、その後もNGOとして存続することになった。
国内では、昨年度に広島で国際青年環境開発会議を開催、2大プロジェクトを採択して,これに基づいた活動をおこなっている。一つは“アクト・ローカリー”の部分でキャンパスエコロジー、もう一つは“シンク・グローバリー”の部分で多国籍企業を対象に、企業も交えた形態の活動をしている。学生を中心とした青年の手で企画、運営されているが、年齢や学歴に関係なく対等に話ができる環境の中で、お互いに成長することを目的としている。
先のエコリーグ、キャンパスエコロジーと共に、若い世代が使命感をもって真剣に取り組んでいる姿勢は、今後の環境運動の大きな力になることを予感させるものであった。
<分 散 会>
前半のメッセージや報告を聴いた新鮮な気持ちのままで後半の分散会へと移った。特に分野を限定せず「私達に何ができるか」をテーマに、それぞれの立場で感じたこと、考えたことを自由に発言できるスタイルをとった。まず分散会を始めるに当たってスタッフの徳山さんより問題提起がなされた。
環境問題に対する関心が広がっている割に、行動へ結びつかない理由として「難しい話は分からないから」と答える人が多いという。それに対して「アメリカでは、ニュースラインで中学3年生程度が理解できる単語しか使っていない」というケースを例にあげ、多くの人に物事を伝えるときの姿勢、誰にでも分かる易しい言葉で話しをすることの大切さを示し、分散会での心がけとして参加者に呼びかけた。
昼食時の自己紹介で和やかな雰囲気が出来上がっていたので、スムーズな流れで分散会に移ることができた。各班のリーダーは事務局スタッフが務めるが、録音係と分散会報告係は一般参加者よりその場で募って担当してもらう形で進めていった。約1時間半をかけての討論は活発で、発言の途だえることもなく時間不足を感じるままに終わった。分散会終了後は、各班で模造紙にまとめた討論内容の報告をおこなった。その一部を紹介する。
[A班]
模造紙の裏に、工場が煙を吐いている風景を中心に、全員参加で描きあげた絵を示した。そしてこの絵を見て、お互いに感じたことや自分のことを話し合って最終的にでてきたキーワードが(模造紙の表を示して)「感じて、知って、心のドアを開けたままで」であった。これは多様性を認め合った上で、お互いの意見を自分のものにして分かち合いましょうという意味合いを持たせたものである。
[B班]
「自分の足元から変える」をテーマに具体的な提案がなされた。学生からは、サークル活動の中でリサイクルセンターの見学や、ネットワークの拡大、大学への環境学科設立の要望や、自治体へのアピール。社会人からは、新人研修に於ける環境教育の導入、社内環境アンケートの実施、社内コンサートでの呼びかけという案がだされた。学校の先生からは、環境クラブを設立するという表明がなされた。風変わりなアイディアとして、一日の自分の行動を観察してメモに取ることで、自分達の生活がいかに地球に優しくないかを気づく機会をつくるという提案もなされた。最後に今後の心構えとして、これまでの公害環境運動に学びながらも、新しい方向性を見いだして行きたいという表明がなされた。
[C班]
「今すぐ身近で始められる事」として、ビーチクリーンアップ等へ参加することで、身体を使って楽しみながら、ゴミ問題を実感として捉えてみようという提案があった。ゴミを減らす方法として、30年前の消費量に戻す努力をしてみるという案もだされた。
「豊かさとは何か」ということについても話し合われた。その中で、我々の物の豊かさの裏にある途上国の貧困の例にも触れて、豊かさのあり方が、人間性を養うことを置き去りにしたところで考えられているという指摘をした。そして現状を変えていく方法としては、環境問題の事実を勉強し人に知らせることはもちろんであるが、その時に悲壮感を持ったり、いたずらに非難をしたりせずに根気よく自然体で人に伝えていく姿勢を忘れないようにしたいとの方向性がだされた。
[D班]
主に、人間と自然の関係についての話がされた。子供と自然との関わりについては、自然の中で子供が育つことによって、自然を愛する気持ちを持つことが出来るようになるのではないかという意見があったが、それに対して、そうではない条件で育った人でもこの集会に出席しているのだから、結局は資質の問題ではないかという意見もだされた。
アウトドアーブームについての議論も交わされた。日本では、自然に親しみに行くのに大型の車で乗り付けて、ゴミや排気ガスで自然を壊して帰ってくるという矛盾がある。それに対し、スイスやドイツ等では森林が歩いて行ける範囲にあったり、自動車が進入禁止になっているという例をあげて、日本人の自然観に疑問を投げかけた。
[E班]
環境活動で「分かっちゃいるけど尻込みしたくなる」人が多いのはなぜかという疑問から「人や社会はどうすれば変わるのか」というサブテーマで討論を進めていった。「出る杭は打たれる」が、多くの人が出る杭になることが市民運動の活性化である。そして、活動を通じて周りを変えていくのには人間自体の成長が必要だが、その反面すぐに変われない人間の弱さをも認めていく姿勢も忘れてはならないという意見もだされた。
これからの日本の市民運動は、今までによくある反対運動というやり方から、今後は代替案を出す方向にすべきではという提案があった。それに対して代替案よりむしろ「無い」ということのメリットを知るべきとの別の見方もあった。また市民運動には、今までと違う生き方があることを人々に気付かせ、価値観の転換をうながす役割があることも指摘された。
最後に「今、私達が社会を変革しなければ、次世代に恨まれてしまう。だから私達が社会を変えて行こう」という決意表明がなされた。
[F班]
自分と環境の関わりを、お互いに話し合って共通認識として出てきたのは、環境問題、公害問題に関わるということは、人の為である前に、まず自分が生きていたいという思いから出発するということである。また人と人との関係のあり方こそが環境問題の最も重要な部分の一つであるので、誰とでも真に仲の良い関係が持てるようにならなければ、真の解決は得られない、といった心の面についての問題にも触れた。
最後に「真の豊かさ」についての話がされた。今までは人より多く物を持ったり、貯めたりすることが豊かさの象徴とされてきた。しかし、これからは人より多くではなく、一つの物を多くの人が共有したり融通しあうことを通じて、触れ合う機会をふやしていくスタイルが、新しい豊かさになっていくのではという結論がだされた。
<アドバイス>
分散会報告の終了後、高木さんからは、SS社会(サステイナブル・ソサエティ)に向けてのアドバイスとチプコ運動の紹介、バフグナさんからは、NGOについてと、活動するに当たってのアドバイスがなされた。
<高木 善之>
「SS社会への一歩がここで切られたように思う」という感想の後、SS社会へ向けて教育、経済、政治がどう変わることが必要なのかについての話があった。
教育では、地球環境の実態を知ることと、競争中心から共生への価値観の転換。経済では、欧米のグリーン・コンシューマー運動を例にあげて、我々の生活や消費のあり方を改めることで、企業を変えていくことの必要性。また、経済のしくみ自体を自然修復や廃棄コストを組み込んだグリーン経済に改めていくこと。政治では、情報公開、住民参加、地方分権の体制へ進んでいくことの必要性についての指摘をした。
最後に紹介された書籍「限界を超えて」、よりの次の一節が印象的であった。
「私達にとって本当に必要であるのは自らの尊厳であり、信頼、愛、安心、調和、コミュニティーであり、物質的拡大ではない。そして真に求めるものについて心を開いて話し合わなければならない。」
<サンダルラル・バフグナ>
多くのNGOは、政府や企業、そして世界銀行などとコネクションをもち、それらにサポートされているために、NGOがその一部になってしまっていると指摘。そしてブッダ(仏陀)が示したように、そうしたものからは決してインスピレーションは来ないので、私達自身が自主的な活動家になり、変化を求めるために立ち上がることが必要であるということを示した。
最後に「20世紀にブッダの教えをガンジーが示したように、21世紀には私達がそうした文化、愛等が尊重される社会を創っていかなければならない。」と締めくくった。
<チプコ運動の紹介>
先進国ODA、世界銀行が絡んだインド国内における大規模のダム建設。チプコ運動は、広範な森林破壊を引き起こすこの乱開発に反対し、現地住民が自らの生活の場、そして森林を守るために木に抱きつき建設を阻止したことから始まった。チプコとは“抱きつく”という意味である。この運動では既に約200人の住民が、木と共に切られて死んでいる。
この事実を知らせる為のポスターが会場で呈示された。木に抱きつく女性住民達、そして木と共に彼女達を今まさに切ってしまおうと、斧を振り挙げている開発側の男性の様子が描かれ、現実の凄まじさを物語っていた。このことで世論が沸き立ち、世界銀行からの融資が止められた。しかし、今だにダム建設だけは進められているために、現在もチプコ運動は続けられている。
<全体討論>
時間制約の関係もあって実際には討論形式とはせず、担当スタッフの雨松さんの提案により、参加者が言い残すことのないようにとの配慮から、希望者を募り自由発言をするというスタイルをとった。以下に発言内容を要約して記す。(男性:◆ 女性:★)
★労働時間の短縮をすることが必要。これにより、現在の深夜型社会が改められエネルギーの無駄を減らせる。併せてストレスも少なくなるので、その発散のための過剰な消費もなくなってくる。もっとも労働そのものが楽しくなればいいと思う。
◆環境問題の解決のためには、政治と関わることも必要である。日本の政治は数の論理で動いているが、環境問題をポイントにおいた議員はまだまだ少ない。一人一人の変革も大切であるが積極的に政治に参加していき、その中で自らが政治家になって環境問題を解決していくといったことも出来るのではないか。
◆人権ということを忘れてはならないと思う。人が人として扱われない限りは、環境問題というのはまともに取り組めないと思う。
◆企業の中の人と、企業そのものでは構造が違うと思うので、その認識は必要だと思う。また、環境問題を科学的データーをもって論じる場合には、相反する情報も存在するので耳を傾けることが必要である。それ以上に、有限の地球で無限の消費などはできないし、科学的ということにどれ程の意味があるのかを考えないといけない。
◆この分科会で非常に希望をもてた。今まで環境活動をやっていく中で希望を失いかけていたところだったから。まず事実を知って、自分達がどれほどの危機に瀕しているかを実感することが重要だと思った。そして多くの人が集まって話すことで、お互いに刺激しあい肯定的な意見がでてきて非常にいい場だったと思う。
◆誰にでも環境のことを知ってもらう手段として、電車の吊り広告を環境情報のメディアとして利用することを提案したい。手段を知っている人がいたら教えてほしい。
◆今から就職をする学生の立場として、環境に配慮した企業を選んでいきたいと思う。企業の方も、環境のことを考えている学生を雇うという風潮が生まれたら非常に嬉しく思う。
★能楽を演じることを通して、自分の心が変わっていくことを体験している。バフグナさんの人間の心の大切さについての話は、聴いていて非常に波動の軟らかさを感じた。環境問題で実際の行動を起こすことはもちろん大切だが、片方の歯車として自然と触れたり、瞑想をしたり、子供と遊んだりといった、心を養う姿勢も忘れずに片隅に置いてほしいと思う。
◆自分が死にたくないというのが環境問題の根本にあると思う。いずれは死ぬが、すべてを巻き込んだ死は恐ろしいことだと思うし、自分達のために他の人が死んでいくのも見たくない。この集会に集まったのは、日本人1億人余りの中のたった500人程、自分達が今後どう伝えていけるかがサステイナブル・ソサエティにとっては大事なことだと思う。
<司会によるまとめと感想> 門屋 史明 東郷 若菜
最後に総合司会を務めた二人から、第7分科会を終えてのまとめと感想が述べられた。
<門屋 史明>
バフグナさんや公害患者の話の中で、多くの犠牲者がでていることを知ってショックを受けた。過去の環境に対する先輩方の取り組みがあって、今の自分達の住む社会があるということを自覚した上で、先達に学びながらも自分達の手で新しい社会を築いていきたい。今後、自分の大学で環境問題を解決する運動を広めていきたいと思っている。
<東郷 若菜>
この分科会は、スタッフみんなが中心になってやってきたと思う。準備の会議をする中でまとまらないことが多く、苛立ったりしたときもあったが今はすごく満足している。分科会が始まるまでは不安だったが、皆さんの提案を聴いていたら本当に心が豊かになった。結論がこの場でドンと出せるわけではないが、皆さん自身の中にはきっと結論が出ているのではないかと思う。
〔すべてのプログラムを終えた後、スタッフの雨松さんより運営スタッフと協力者に立ち上がるよう呼びかけがあり、参加者全員から分散会運営にあたっての労をねぎらう拍手が贈られ第7分科会は幕を閉じた。〕
―――[全体を通して]事務局:盛本 浩―――
この分科会は、こうした事にほとんど経験がないスタッフによって運営されたので具体的な運営方法も手探りで、不安材料を多く抱えたままに開催当日を迎えることとなった。そんな事情のために、不備な面が多々あったことは否めないが、その中で得られた成果も決して少なからぬものであったと思う。改めて全体を振り返ってみたい。
始めのバフグナさんのメッセージは、聴く人に「自分が何かをしなければ」という内なる力を呼び覚まさせるインパクトがあり、オープニングとしてこの上ないものであった。
続いての高木さんの地球温暖化、オゾン層破壊の話は、改めて環境問題が遠い未来の問題ではなく、自分達の身にせまった目の前の問題であることを気付かせるものであった。
午後からの4件の活動報告では、主婦、公害患者、青年学生といった今まで環境問題を通じて一同に会する機会のなかった立場のものが、席を同じくして互いの活動や想いを発表しあった。環境問題について、まったく別の観点からの取り組みや事実を知ったこと、そして、立場は異なるがお互いに真剣に取り組む姿勢を感じ合えたことで、今後の活動の活力を与え合う場になったのではないだろうか。
分散会、全体討論においては、事前の班毎での食事を兼ねた自己紹介、分かりやすい言葉で話し合おうという呼びかけ、そして記録や報告といった重要な役割を参加者にも担ってもらったことによって、多くの人に主体性をもって取り組んでもらえたと思う。そういう意味では、まさに参加者全員で作り上げた分散会であったといえる。各テーブルにおいて活発に意見が交わされ、お互いに刺激しあったり、力付けられたりと非常に充実した時間を持てた。話し足りない感を残したまま終了時間をむかえたことは少々残念であったが、それだけに集中力のある討論がなされたと思う。
一般市民の一人一人の意識や行動の変革が、環境問題を解決していく一つの重要なカギであるが、そのためには多くの人が自分自身を含めた人間一人の力の大きさというものに気付くことが必要である。この分科会には、そんなことが期待されていたと思う。最終的に統一された行動案や方針といったものは出せなかったが、しかし、司会の東郷さんの感想にもあったように「皆さん自身の中での結論」、言い替えれば一人一人の心の中の変革がここで起こされたのではなかっただろうか。そして、バフグナさんが冒頭のメッセージで述べたように、変革した心からアイディアや力が生まれ、それが実際の行動につながり社会を変えていく。そんな役割がこの第7分科会にはあったのだと信じている。
(盛本 浩)
[第6分科会 基調報告] 永続可能な社会でのライフスタイル 青山政利 |
1994集会 |
第8分科会解題 地球時代の環境教育 和田武 |