トップ  >  2004集会  >  第4分科会:永続可能な教育・文化のあり方を巡って

第4分科会:永続可能な教育・文化のあり方を巡って



助言者  新間 智照
助言者  石川 聡子
司  会  小山 英二



環境教育における宗教の役割



▼ 司会


最初に本日助言をいただくお二人に昨日の講演の補足等をお願いいたします。新間先生からどうぞ。


▼ 新間


私以外の8つのテーマについては、永続可能な社会に向けて具体的な話ができるテーマですが、私のテーマは宗教がこの目標に向かってどう関わるのか、非常に分かりにくいということがあろうかと思います。
私は、永続可能な社会に向けての理念とか考え方、心の持ち方に宗教が関わっていくということになろうかと思います。具体的にどういう風にしたらよいかについては、宗教家だからこうするというのではなく、私ら自身も皆さんと一緒に考え行動し、他のテーマの知識を持ってやっているわけです。心の一番奥にあるものとか、人々を救わなければいけないとか、自分の利益ばかりを考えてはいけないとか、そういう心の持ち方とかいうもの、理念が非常に大事であるということです。それと世界中で宗教を信じる人が非常に多いということです。日本でも各教団が信徒の数を発表していますが、一人で複数の宗教を信じることができるということから、その合計は日本の人口を上回っているといわれています。もちろん信じない人もいますが、かなりの方が何かの宗教に関わりをもっているということが言えると思います。それで人々を教育していくということにおいて、宗教は非常に大きな力を持っているわけです。ローマ法王がどのような発言をするかによって、世界のカトリックの信者がものの考え方を指導されるということがあるわけです。また、仏教においても、坊さんがどのように説くかによって、目に見えない部分で、成人教育のかなりの部分を宗教が担っているということがありますので、そういう理念の面、教育の面、そして宗教はかなりの伝統がありますので、伝統文化も含めて、社会に影響力をもっているということがあります。
それで永続可能な社会を目指していくには、宗教を度外視しては進まないということを申し上げたいと思います。


▼ 司会


ありがとうございました。続いて石川先生お願いします。



持続可能性に向けた環境教育



▼ 石川


いままでの環境教育というものがどういう状況にあるかということをお話しましたが、理科教育と環境教育との関係が非常に強くて、そこには自然環境と人間環境というものとが必ずしもうまく区別されないままに、理科教育的な環境教育が行われてきたのではないかということ、もう一点は、いま学校では総合的な学習の時間というものが設けられていて、そこで環境教育が行われているわけですが、その動向を話しましたが、それはより体験型になっておりまして、同時に環境を扱うということが徐々に減ってきているのではないかということです。


そんな現状の中で持続可能性に向けた教育ということが、世界の流れの中で起きてきております。97年に国連の会議で、環境教育を持続可能性に向けた教育と言い換えても良いのだというようなことが出てきたわけです。そこで持続可能性に向けた教育というのはどのような内容なのかということを話しましたが、会議ではテサロニキ宣言が出されたわけですが、大枠なのでその教育の中身を具体的に示すまでには至っていません。


そこで私たちが検討したのですが、持続可能性に向けた教育はどのようなものを狙いにするのかということについて、社会的不公正を解消するということに価値を置こうではないかと、そしてそれをどのように進めるかいうことでは、強力なリーダーシップをもった政治家とか科学者とかがぐいぐい推し進めるというよりは、民主的に意思決定しようとか、市民の参加型で合意形成を築いていくというような手続きをイメージするということです。誰がこういった社会を実現するかというと、これはとりもなおさず自立した市民であるということです。


従来の環境教育と持続可能性に向けた教育というのが決定的に違うのは、持続不可能ないまの社会は、その社会の中でいままでの環境教育がなされてきましたが、同時に環境教育は持続不可能ないまの社会を作ってきた、そういう公教育を土台にして行われてきた、つまりいままでの公教育は持続不可能な社会を作るのに貢献してきたのではないか。 ここが認められるかどうかで、従来の環境教育とこれからの環境教育の分かれ目になるのではないかと考えています。そういうことが受け入れられるかどうかは、皆さんお一人お一人が抱いておられる環境教育についての理念・イデオロギーといったものが、どういう性質のものであるかによって受け入れ方が変わってくるだろうと思います。


それで環境教育の理念の位置取りを確認してみようということで、環境イデオロギー、教育イデオロギーというものを、それぞれ3つか4つに分けてマトリックスを提示してみました。そのどのあたりに自分が位置するのかということを考えてみましょうということです。(レジュメ参照)
昨年、環境教育推進法ができて、先々週、環境省から基本方針が出ましたが、大阪府でもいま基本方針を策定中で、来月にはパブリックコメントが出て、来年3月には答申が出される予定です。私たちの地域で環境教育を進めるときにそれに大きく影響されるので、ぜひ私たちが進める環境教育に何らかの関わりを持ってはどうかと思うわけです。つまりパブリックコメントを出すとかですね。


一方、地域での環境教育の基本方針を私たちが作っていくということも大切だろうと思います。それと環境省もここ20年くらい言い続けているのですが、地域に環境教育のシステムが根付いていないということですね。リーダー養成講座をしても、そこで育ったリーダーがどこでどのように活躍するという受け皿がないとか、学んだ成果が自分たちの地域の環境政策に反映させるシステムがないというような、部品部品だけがあるような状態がもう20年もつづいているので、もうそろそろそれを繋げるような基本的なシステムというようなものを、地域に根ざさせる必要があると思います。そうでないとせっかく学んで力をつけても、それを発揮する場が作られていないために、自分たちの地域の環境を良くするというようなことがシステマチックに乗っていきにくいというような状況にあるのではないかということです。環境教育の評価をどのようなもので捉えればいいかというような評価観点もお示ししたわけです。


▼ 司会


どうもありがとうございました。お二方とも、講演の要点・エキスを非常に分かりやすくお話いただきました。ここで講師の方々への質問があれば先にお出しいただきましょう。



宗教家の環境活動について



▼ 伊藤


5年ばかり前に松下電器を退社しまして、その後自動車の排ガスを主に環境測定をボランテイアで続けています。
私は中学、高校を仏教系の学校で過ごしましたが、最後の宗教の時間に第2次世界大戦中に投獄されておられて、当時は校長先生の林霊峰先生の自由参加の授業を、私一人が聞いていました。新間先生のレジュメの4−2に宗教による世界観の(ハ)「地獄も浄土も心の中にある」等の意味づけをして、敢えて言えば私は「否定」するということで、無心論者として行動しているわけです、ただ、セレモニーの中では、それに従うという行動をとっています。こういう人間に対してどう見ていただいたらよいかということが質問です。


私は宗教家は戦争の問題や環境の問題にしても一貫している面とそうでない面があると感じるのです。例えば創価学会の方で戦時中は投獄されて、いまは周りから信奉されているのですが、現在の創価学会の行動を見ていると逆行されているようです。
それと今日は参加されていませんが、地球村の高木さんですが、会社も同じでしたし、関西民間懇にも参加されていましたので、かなり身近だったのですが、一緒にやっていた人たちがどんどん離れていったのです。山岸会の人たちが高木さんの考え方と一致する点が多かったのです。山岸会は問題の多い宗教団体ですが、このような点をどう考えたらいいのか、どう理解されているのかお話しください。


▼ 新間


1番目の問題ですが、伝統宗教というものは仏教だったら2500年前に始まって、大乗仏教は2000前に始まって、日本に千何百年前に伝わってきて、その後解釈は時代に合わせてきていますが、古代からの言葉とか考え方というものは続けてきているので、現在人として地獄、極楽と説いているけれども、それは心の中のある状態を表しているというような解釈も当然出てきますし、日蓮上人自身が鎌倉時代に「仏も地獄も心の中にある」と言っているのですね。そういうふうに納得をして肯定する人と、そういうふうに思ってもそれじゃ地獄とか仏とか言わなくっても、もっと現在的な心理学的な言葉で言えばよいではないかというように考える人もいるわけです。それはあなた自身が決めていけばいいわけです。指導を受けている先生がいなければ、肯定的であっても否定的であってもいいわけです。


第2の点ですが、林霊峰さんや妹尾さんは戦争中にはっきりと戦争反対の気持ちを持っておられて、戦後そういう立場から活動されたということで、私たち平和運動をしているものにとっては尊敬する一人としております。宗教者の中にはいろいろな人がおり、教団もいろいろなものがあるということです。伝統宗教は大体かたちが決まってきているので大きなずれはないのですが、今言われた創価学会とかは新宗教に入りまして、いま世上で言われていますのが、ご都合主義で信仰の大事なところや、ご本尊のことでさえ、言うことがころころと変わるということです。


都合のいいように変えていって、池田大作さんが日本が、世界を支配するという邪心的な方向に動いて、うまく泳いでいくというのが、一般の見方であり、そう見ざるを得ないということかと思います。そんなことで新宗教についてはきちんと評価が固まっておりません。同じ法華系でも立正佼成会などはある程度真面目にやっていると言う感じがありますし、山岸会などもいいところがあるかと思うと、問題を起こしたりすることもあって、なかなか新宗教や新々宗教などは評価が難しいから、この宗教はいいなと思い込んではいけないと思います。よく見て、他人の批判もよく聞いて、大体この宗教はこんなものだと自分で知っていかないといけませんね。宗教を余りよく知らない頭の良い大学生などはよく引っ掛かるわけですね。すぐ洗脳されて入っていくというのがあります。法華系でもそういうのがあります。これも批判的にみていかないといけないと思います。伝統的な宗教は大体評価が決まっていて、大きくははみ出さないかわりに、教団全体で現在的な問題に対して大きな活動をしていくのは弱いという点がありますし、それに所属している牧師やお坊さんも、実際に社会的な問題について活動している人はまだ少数です。


大多数の人は心の中では認めているけれども、自分はなかなか活動には出て行かないという状況があります。


▼ 司会


山岸会については第1回のSS集会の実行委員会で関わりがありましたが、自然との共生という面では意味があったようですが、集団共同生活の実態はいろいろ問題もあったように思いますし、後に幹部が刑事事件で逮捕されるというようなこともありましたね。


▼ 山本


河内長野から来ました。いま、子供の遊び場がなくなっているということは問題だと思います。それと国の借金が700〜800兆円あるというのは問題で、これを将来、誰が払うのかということです。本を読むと、小さな政府の中で、行政・企業・市民が一緒になってやっていかないといけないということがよく出てきます。福祉の方に企業が出てくるということにも懸念をもっています。


▼ 赤司


都島に住んでいて、大阪市民ネットワークに所属しています。今回の集会にスタッフとして参加しています。


▼ 平井


大阪パルコープ生協に所属しています。教育関係に携わっていて、環境について学びたいと思って参加しました。


▼ 元山


香川県の粟島から来ました。離島で人口が500人のところへ10年前に神戸から移り住んで、夫とともに島起こしをはじめたところです。
人口は減る一方で、このままいけばどの島もなくなるという状況です。狭い国土を平等に分け合いながら、幸せに生き続けることができるようにと勉強のために参加しました。



学校教育の現場は・・・



▼ 後藤


大阪パルコープの組合員で環境のグループエコライフのメンバーです。大阪市の公募で生涯教育の環境塾に入りまして、石川先生のおっしゃった市民参加による環境教育の実態に驚いています。縦割り行政の問題とかに、自分の意見を持ちながらついて行っています。生協の方では、あまりにも環境の範囲が広いので、お母さんの立場で、暮らしの中でできることから、10年あまり続けています。
高校の中での理科教育の状況はどうなのかを、石川先生教えていただけたらと思います。


▼ 石川


学習指導要領が変わって、例えば、イオンとかも以前は中学で習ったものがいまでは高校でしか教えないとかになっていますね。
「個性豊かな教育」というのは耳障りのいい言葉ですが、それができる子は伸ばして、そうでない子はそれなりにということで、できない子はスポーツとか、芸術とかでいいよと、それで実はお勉強はもういいよということになってしまっていて、その子らはもういいよと降りてしまうというもっと酷い状況になっているということがあります。


▼ 原


府立の工業高校で社会科を担当しています。私の知人が理科クラブを作って、いろいろ自然観測のデータを調査した結果、全国から3校選ばれて、クロアチアで世界の高校生に発表したことがありました。


工業高校なので就職が大事なのですが、求人がバブル崩壊後減ってきて、3年前はがた減りでしたが、1昨年から少し回復してきましたが、工業と言うのは資源や自然を使うために環境にはよくないのですね。しかし、環境破壊を促進するといいますか、生産第1の教育をやってきました。


10年前にここに赴任して、教師の人数が少ないため、歴史、地理、世界史もやらなければならないので、どこで環境教育をやるかということになるのですが、現在社会の中で政治、経済、憲法、そしていま問題になっている九条もやらなければならないので、環境問題は1部組み込むということになります。エネルギーについて、自動販売機の出力の使用量の多さや、24時間営業のコンビニの問題などもやってきましたが、生徒はそのときこれはすごいことだとわかるのですが、やはり生徒は自分の生活スタイルは変えられないのです。生徒は、夜働いている人はコンビニが必要だし、自動販売機も多すぎるのはよくないが、有った方がいいというのです。生徒に生活のスタイルを変えていくことまでを要求すると保守的になるのです。これは生徒にだけ押し付けるわけにはいかない社会全体の問題なのですね。授業の中身のプログラムをどのように組み立てていけばよいのかという問題意識をもって参加しています。



宗教と環境と平和について



▼ 佐野


出身は徳島ですが、東京から来ました。実行委員会の人たちも含めて年配の人が多いのに驚きました、若い人が来たらいいのになと思いました。東京ではこのような集会は若い人たちがやるのが増えてきています。関西もそうなったらいいと思います。


熊野へ行ってみて、神道というものも持続可能な社会を考える上で重要なフアクターだなと思いました。国家神道に仕えてきた歴史があるので、そういう部分は批判しつつも、本来は日本に住む人たちが自然に対する畏敬の念とか、特別なエネルギーを感じる場所を祭ってきたのが原形だと思うのです。鎮守の森というのも生物多様性が高いところを守ってきたということで、近代的法体系が導入される以前は、法より強い区切りをもって機能してきたということは、宗教の枠を超えた一個のシステムであったのではないかと思うのです。そういう日本人の価値観でもって自然を守っていくというようなものをルーツとして、いまの社会に合うような形でもう一度見直してみるというのはどうかなと思います。


ヨハネスブルグの地球サミットで採択され、2005年から「持続可能な開発のための教育の10年」がユネスコ主導で世界で始まるわけですが、日本でもESDを推進する組織が立ち上げられていて、国際ネットワーク部会に入って活動していますが、環境や平和や人権の分野で活動している人たちがESDを通じて地域で一緒にやっていく場作りをしています。そこで持続可能な社会に向けての環境教育等について、深めていければいいなと思っています。


▼ 海江田


この集会に宗教がテーマに取り上げられてうれしいです。沖縄は昔から先祖崇拝ですから、宗教がなかったのです。海の彼方からしあわせが来るという言い伝えがあります。沖縄では、自分たちのことを「艦砲射撃の食い残し」と言っています。


新間先生は「戦争は最大の環境破壊である」と言われましたが、そのとおりだと思います。8月16日内地では電気が点いたと聞きますが、沖縄は何もない瓦礫の山でした。いま、米軍のヘリが学校に落ちたり、ジエット機の衝突があったりしています。沖縄は昔武器のない島だったのに、いまはイラクへ沖縄から飛んでいきます。小泉さんが吉を内地に持って行くと言いましたが、私たちは59年間辛抱したのだから、基地は本国アメリカへもって行けと言っているのです。私はいつも憲法九条を首からぶら下げて歩いています。


▼ 中川


小学校の教師をやっていて、自然教育を実践しています。大教組で子供の環境教育の教材を作っていますが、理科の教科書は使い物にならないので、国語の用語の説明文を使っています。


▼ 石川


何を教えるかではなく、これからは1日の3分の1を過ごす学校生活の時間を環境負荷低減型にしていくというマネージメントシステムを構築して、生徒たちが教師と一緒に実践していくというような活動に切り替えていく、それの理論的な部分を理科や社会の中に入れ込んでいくということが大切だと思います。具体的には学校ISO的なものを立ち上げて、それを自分たちで実施していって、その状況を自分たちでチエックして、その達成度を検討することが必要だと思います。そうすることによって、先ほどの理論は分かるが生活態度は変わらないとというようなことも、その原因が分かってくるということになると思います。いま枚方の府立高校で地域連携の中で高校版EMSを立ち上げて取組みが始まったところです。学校の管理職・PTA・生徒会と私たちの市民団体がタイアップしてEMSの構築を始めています。


▼ 平田


大阪市立大学創造都市研究科都市共生社会研究分野の社会人大学院で教員をしています。環境問題をやっている人は、私たちではテックニックスを教えきらないので外しています。人権や差別問題をやっている人とかいろいろな人がおられますが、NPO活動とかは、どうしても組織は生き残りを図りますので、いろいろなことをやります、それでできるだけ情報公開して相互チエックを諮ろうというのが、最低限の合意かなと思います。


▼ 上田


公害の被害を世界中のどこにも2度とおこしてほしくないという願いをこめてつくられ、活動している「あおぞら財団」で仕事をしています。
PTAの活動にも携わっていて、いま地域で何ができるのかということから始めています。


▼ 福村


CASAで地球温暖化問題やごみ問題の環境教育の教材を作って、あわせて学校現場に対して私たちは何ができるかを模索しています。


▼ 由木


近畿大学理工学部生命科学科で遺伝子とか、生命倫理を勉強しています。


▼ 田川


近畿大学農学部水産学科で学んでいます。。


▼ 司会


それぞれの皆さんからお話をいただきました。永続可能な社会を目指すための方策等もお話いただき、また問題提起もありました。宗教と文化について、生命の大切さや沖縄の原体験やいのちと平和の問題を指摘いただきました。そのあたりからご意見をどうぞ。


▼ 新間


沖縄もアイヌ民族も自然を大切にするという信仰をもっていましたが、神道も最初はそういったものから始まっています。仏教が組織的な、哲学的なものとして伝来してきて、それに影響を受けて交じり合うところもあって、日蓮上人なども仏教の守護神として神道を位置づけていました。それが徳川の末期まできましたが、明治になって国を治めるために天皇を神格化して、天皇の先祖は神であるとし、それがだんだん軍国主義と一緒になって、イデオロギーとなり、戦争のために使われるようになったということで、本来の神道とは異質のものであったわけです。



自然と宗教と教育



▼ 司会


佐野さんが話された鎮守の森というのは、日本の歴史の中で自然との共生という面で大きな役割を果たしてきたと、しかし開発優先の風潮の中で、住宅開発地の中に森がなくなった神社だけがポツンと残されるという現象が全国いたるところで起きているというようなところから、ご発言をいただけますか。


▼ 中川


学生時代に森林生態学を学んで、鎮守の森を調査し、近畿のお寺や神社を調べましたが、ほとんど残っていなかったです、森をなくして、幼稚園、駐車場、結婚式場が作られていました。それで残されているのは寺院の周りに形だけというのが大部分でした。それを使ってどうこうするのはかなり難しいと感じました。


▼ 上田


私は新興住宅街に住んでいますが、12年位前から「祭り」を始めて、地域のつながりをと意図したのですが、旧来の祭りなら3世代が融合できる場がつくれますが、新しい街ではそれは難しいです。


▼ 佐野


鎮守の森にはまだ昔の原型が残っていて、そこには自然林が残っているので森林のあり方が分かるという大きな意味があります。日本の多くの山では生産林ということで、もとの自然林の代わりに山すそまで杉、桧を植えて、雨が降ると洪水を引き起こしている。法的な面での規制も必要と思います。ゴミノ不法投棄の罰則とかデポジット制度とかです。若者には法的な面以外で楽しさとかカッコヨサの工夫ができないかなと思います。


▼ 新間


鎮守の森とお寺の森とが出ましたが、東南アジアから中国南部、日本列島にかけて照葉樹林帯という常緑の樹木が茂った時代があったわけです。それで各集落ごとに神社が祭られてその名残の森が残されていたのです。


仏教は飛鳥時代に大陸から入ってきて、高い文明と文化をもって入ってきたのですが、それを祭る寺院等は当時の権力者が樹木を切り開いて広い幾何学的な平地を確保したのです。そこに崇高な理念があるということを目に見えるような形で示したわけです。その後堕落した時代にはそういう場所を逃れて山の中に入るようになりました。高野山、比叡山などに大きな寺を建てたのですが、鎌倉になるとそれではいけないということで、町の中に出てきて民衆の中に入ってきたのです。そんなわけで山の中の本山では自然と共生しましたが、町の中ではそれがなかったのです。それでも敷地に余裕のあるところは木を植えたりしましたが、鎮守の森ほどの森は持っていなかったのです。そんな歴史的な経過があります。


▼ 司会


川の問題も出されていましたが、ご意見のとおりいまは多くが土木工事のため2面張り3面張りにされてしまっているのが現状ですが、あちこちでそれではよくないということで本来の川に戻そうと検討を進めたり、着手しているところもあります。


鎮守の森を教育の場としてどう見るのかという意見もありましたし、いくつかの問題提起もされています、例えば持続可能な社会に向けての教育と言うものが、具体的に地域で、学校で、あるいは家庭でどのように取り組まれるべきか、また発展に時間がかかるということも出されています。それでこのあたりから意見を頂いていきましょう。


▼ 後藤


持続可能な社会のあり方について、おがくず、籾殻を人糞に混ぜて処理して堆肥にする方法とか、琵琶湖には下水処理水が全て流れ込んでいたのを、全てを従前のように下水処理をして放流するのではなく、水の量を減らして河川も豊かにしていき、併せて地域経済の振興に寄与する方法を選んでいく。欧米では昔日本でやっていた手法が取り入れられて進んでいるのに、なぜ日本ではできていないかというと、日本ではそれを活用しようという社会システムが出来ていないという点が言えると思います。


▼ 司会


学校の先生がたくさん参加いただいていますので、議論を進化させていくということでご発言いただけませんか。


▼ 中川


私の学校の4年生は200人いて、一クラス40人でやっていますが、先ず基礎的な表現力や作文力に力を入れてやっています。そこで学級新聞とかを作るなかで社会の仕組みや環境の問題を見聞して記事を書いていく、その中でごみ焼却場を見学に行ったり、仕組みを聞いたり、家からのごみの分別を学ぶわけです。その中でダイオキシンの話とか、昔は燃やさずにどうしていたとか、ドイツには生ゴミと言う言葉がないとか、言う話をしていって新聞をつくるのです。その結果、ペットボトルとかリサイクルについての話題が多かったです。燃やすということに問題があるのですが、焼却場を見学に行ってその仕組みを学ぶというのが課題になっています。そこに問題があると思います。



永続可能な社会に向けての教育



▼ 司会


永続可能な社会に向けての教育を意識して取り組んでおられる方からのご発言をお願いします。


▼ 佐野


愛媛グローバルネットワークというNGO団体が松山にありますが、モダンビークの銃の回収活動について、市内の放置自転車の譲渡を受けて、その修理を中高生のボランテイアに頼んでやってもらうのですが、生徒たちは、生命と平和に貢献できるということを自分たちの意思でやるものですので非常にいきいきとして取組み、その成果が街から銃をなくし、その銃を溶かして作ったモニュメントを、モダンビークから贈られて、それをみた子供たちは、自分たちが送った自転車がこのような形で役に立っているということを感じるわけです。これは平和や生命や環境を学び、国際理解をするということで、NGOの活動にと学校が理解して、生徒を送り出すという生きた教育かなと思います。


▼ 原


私の学校は国の助成300万円を受けて屋根に太陽光発電パネルを設置し、屋上には風力発電を設置して、コージェネレーションの発電も学校にあります。そういう地球に優しい技術教育は進んできてはいるわけですが、工業教育全体の中では永続可能なという環境の視点から組み替えると言うことは到底できていないわけです。いまの文科省の学習指導要領からしてそうなんですが、私の理想のかたちから言いますと、工業教育全体を組み替えながらエネルギーの問題、技術の問題、リサイクルの問題等をそういう視点に組み替えてやるべきではないかと考えています。
 しかしいまの現状では到底無理なことも現実です。私は社会ですのでさんこうn井なりました。その中でそういったいき方と結びつけながらやってきたわけです。石川先生の、教科を土台にしながら学校全体でそういった視点から環境教育を進めていくというお話は大変参考になりました。一方、工業技術の中身を再構築していくということは、環境教育の中でどのように位置づけられるのかということが見えてこないという状態にあります。


▼ 石川


科学技術が巨大化していて、科学観とか技術観とかを教える、技術倫理のようなものを教える教科があるかどうか分かりませんが、そういうものだとSE教育ということで、原先生の社会科と親和性がでてきますね。
そういったことでSS教育のヒントになるのかと思います。


▼ 後藤


神戸大学では化学工学関係と土木工学は今年あたりからそういう教育を始めています。中身は60年代の公害について教える必要があるということで、講義の3分の1ぐらいでそういう話を行い、あと3分の1ぐらいで安全教育の面で、雪印とかいろいろ失敗が続きましたので企業倫理と技術者倫理の倫理観を教えないといけないということから、正しい倫理観のあり方で、企業の倫理と自分たちの倫理観を教えて、あと3分の1を21世紀における考え方や意識の持ち方とか総合的な判断の必要とかのあり方とかを教えています。まだ始まったばかりで、全国的にはまだ2割程度です。SSというてんからいうとまだまだ初段階で、過去の失敗から学ぶということで、未来はどうあるべきだというところまではいっていません。



地域における環境教育の取組み



▼ 司会


いま学校教育について話がすすんでいますが、地域教育等についてもご発言いただきます。


▼ 上田


大阪府では少子化とかで教室が余るということで、大阪府が余裕教育活用授業というのを始められまして、府立西淀川高校でも2教室を使って、西淀川の公害を伝えるパネルや西淀川のいま・むかしをパネルにして展示する、実際に被害者が高校に行って被害の状況を語り部として伝えるというようなことをやっております。授業と展示場を使って先生と協力しながらやっているという状況です。高校生き残り策のひとつとして特色ある学校づくりということで、NPOと協力しながらやっていくのと、環境という科目を3単位で設定されてやっておられます。これも先生と私のところが協力してやりながら、教材作りもやっています。


大気汚染が車の問題に代わっていった状況を、汚染の状況を生徒と一緒に地図に落としていって広がりを実感してもらうとかをワークショップ形式で行っています。総合学習の授業の組み立てを先生と私たち財団が関わって組み立てていくということをやっております。チームを作ってやっております。


▼ 元山


自然とともに共生したいという思いで島に渡り、自家菜園で楽しくやっています。粟島の隣の志々島はかって800人いたのがいまは25人でそれも75歳以上です。瀬戸内海24の有人等が次々とそうなっていく状況です。それでも島にいる人はこのままでいいという抵抗があるのです。他所から来ても島を汚して帰っていくだけだという思い。私たち外から来た人や、リターン組が島に増え続ける竹を利用して何かをできないかと、土地にあるものを使って、収入も得られるというものを、目に見える形で示していこうと、経験豊かな先輩たちに学びながら島起こしの取り組み始めています。


▼ 岡・中山


気候ネットワークのスタッフをしています。


▼ 司会


企業が事業として営利を目的に、福祉部門に進出してきている。環境にも同じようなことがあるのではないかということが指摘されましたが、地域社会でのかんきょうきょういくの取り組みについてのご発言をお願いします。


▼ 佐野


徳島の上勝町人口2200人です。高齢化率45パーセントです。山間部でいかに若者を増やすかということをワークショップで取り組みました。行政にやる気がるかということがまず大きいこと、ユーターンで帰ってきた人も新しい風を吹かせるという意味で大切ですが、元々地域に住んでいた人が核にならなければ村おこしはできないので、新しく入ってきた人は下の人たちへのきっかけ作りをすればいいのかなと思います。
 その町では林業が衰退していたので木材を利用したバイオマスとか、皆半農半林なので森林組合が山林を管理してスットクするとか、短期雇用制度を取り入れるとかいろんなアイデイアが出されています。


▼ 司会


粟島は日本で始めての船員学校が開かれ、最盛期には3000人の人が島に住んでいたのですね。それが現在360人という過疎状態です。
上勝町については、ごみ収集について34種類の分別を取り入れて徹底したリサイクルとごみの減量作戦を実施したところ、多くの人たちが分別方法が分からないということで若いボランテイアがアドバイスをするとかで、コンビニ弁当はあまりにも多くの分別対象物を使っているので、結局コンビニ弁当をやめて自分で作るようになった人がいるとか、いろいろなことをきっかけに環境教育の芽生えがあって、その町は非常に元気な町に生まれ変わりつつあるということでした。
このような事例を踏まえて永続可能な環境教育へのステップアップ面について石川先生にお願いいたします。


▼ 石川


環境教育の手順や作り上げというのを示すことは大変難しい、それは日本でそういうものがほとんどないわけです。部分的なものとして西宮が取り組んでいる私学も含めた市内の全ての小学生を対象にしている環境教育ですが、大人までは広がらないということで部分的なのです。エコカードというコムニュケーションツールを子供も大人もスーパーや公共の場でそれを回している、それは何か環境についての学習や行動をするとポイントがついてくるというシステムです。それが貯まると商工会議所とかから5000円が寄付され、次に何かするときに助成をするとかしてひとつのシステムづくりができていくわけです。西宮は95年ごろから進めていって、昨年(03年)日本で初めて学習都市宣言をしたのです。地域のコミニュテイの環境計画を自分らで作る、それをPDCAサイクルで回す。計画作りに当たって自分たちの地域がどんな状態かを学習し、無関心層も加わって行う中で、保全活動と環境活動が連鎖するわけで、そこにひとつのシステムができてくる。環境活動やコミュニテイ活動が地域に点在しているがそれはシステムと呼べない。それをコミュニケーションで繋げていく、ネットワークで繋いでも未だシステムとしては未完成です。何かと何かが結びついてある緩やかな因果関係が把握できたら、システムというものが構築できると思っています。

ドイツの環境教育がいいと言われているのですが、実は余りうまくいっていない、失敗だったという議論がなされています。よく分かりませんが、欧米の環境教育がPDCAで回すとか、マネージメントシステム系とかの活動になっているかというと多分なっていない。こういう点では日本が先進的であるという話はあります。


▼ 後藤


西宮甲子園浜の埋立問題のころですが、東山先生が中心になって浜の生物や海岸調査をされていて、そのデータを市に提供して埋立については環境庁も配慮を求め、以後行政と市民との連携もできていき、現在も市民参画で環境問題に取り組んでいます。それと、ゴミ問題で県下で1番早く分別収集が実施されていて、粗大ゴミも使用可能なものは市が展示していて市民は格安で引き取れる。その額が今では50億円にもなっていると言われています。



パブリックコメントの必要



▼ 石川


いま、大阪府は環境教育基本方針の策定に取り掛かっています。環境庁は20年来このことを言っていて、人と人を繋ぐ、場と場を繋ぐ、施策と施策を繋ぐという具体的なことをいっているのですが、大阪府はそういうシステマテイックなものは何も入っていないのです。個別の行事とかを花火のように打ち上げて、そこでどのような人を育てて社会で活躍させるかとか、地域で環境計画を立てて進めるとかになっていくようなものが、全く見受けられないのです。それが今度は市町村レベルへ降りてくるので、そこでは殆どそのレベルのものしか作れないことになってしまうのです。資料がありますのでぜひ、みなさん個人や団体で検討して、意見を出していただきたいと思います。これを見過ごしてはいけないと思います。


▼ 司会


いま、回覧しますのでぜひ意見を出していただきたいと思います。それと、よくあるのですが、ある地域で環境保全運動が進んでいて、その近くで別の運動が行われていても、お互いが連携できずにいて、大きな力になりきれていない、そのため全体を動かし、永続可能な社会への方向に変えていくまでには至っていないという状況で留まっているのです。


永続可能な社会への方向性が決まれば、それぞれの運動を意識的に繋げていく、またシステムに乗せて進める、そして環境に関しては、一人の100歩より100人の1歩を進めていかなければならないのではないかと考えます。


▼ 上田


環境教育推進法についても、いろいろ意見を出しても生かせるようなものになっていない、法律だけに書かれて、地域に根付かせるということにはなっていない。大阪市が作るときには、政令指定都市ですのでもっときちんとしたものにするよう言えるわけです。パブリックコメントを出されている現場の先生は非常に少ないです。もっと現場の先生が声を出さないといけないと思います。


▼ 福村


システム作りのモデルになるかと思って紹介させていただきます。京都市の外郭団体でみやこエコロジーセンターが環境学習のモデル事業というものをやっていまして、学校側とエコロジーセンターとNPOが数団体協力しまして、年間を通じて体系的な環境教育を行っています。具体的には、昨年は洛西高校でNPOが6団体参加して、温暖化防止や交通対策、コミニュテイ、伝統文化等のテーマで、生徒が自分で選んだテーマで、エコロジセンターが学校とNPOを繋いで、資金もそこが調達して、3者が協力してやって、今年も伏見工業高校で、3団体で学校側が年間計画を立てて、そこにNPOが3、4回入って、最後は生徒が仕上げ学習をするということでやっています。


▼ 加悦


環境教育を実践する中で、学習会や自然観察会をしていますが、修学期の生徒はまだ機会がありますが、成人の場合はここも同じですが、環境意識の高い人しか来てくれない、それ以外の人にどのようにして参加してもらうかというのが、非常に大きな問題になっていると考えています。


石川先生のお話に日本での事例が見当たらないと言うことでしたが、70年代90年代に公害学習ということで、極小さな地域ではありますが、三島、沼津の石油コンビナート差し止めでは自分たちが飛行船とかを上げて空気の流れを測定して、結果的にコンビナートの進出を止めたこともありますし、小樽運河の埋立反対訴訟では、半分は埋め立てられたが、相当沢山の学習会を開いて支援を拡げたとか、成功した事例であるかと思います。このような極限られた地域や限られた時間、これをもっと拡大したプラットホームを、今後どう作っていくかが課題になるかと思います。


システムがないのが現状だと思いますので、これをどう作っていくかということで、教育委員会へ出向いたり、教育現場の方とお話をしていく中で、行政との関わりを構築していくこともなかなか難しいですが、温暖化防止の観点からも家庭の電化製品をできるだけ省エネルギー型を選んでいただくということで、私たちNGO,大阪府、大阪市等行政それに販売事業者も一緒になって実行委員会を作ってやっていこうということになっています。いわゆるパートナーシップといわれる小さな事例ですが、行政もこちらから言えばのってきます。私たち自身がこういうビジョンがあるということを示し、声を上げていくことが必要であるし、地域でこういう問題が起こっているという声や、こういう教育を進めていきたいということを、ボトムアップ型に作り上げていくということが大切であると考えます。
そのためには私たち自身が勉強して、参画・協働していくことが必要だと思います。


▼ 石川


関心のある人たちだけの活動の場としてのプラットホームづくりに取り組むということではなくて、大多数のサイレントマジョリテイというか、そういった無関心層を巻き込んで底上げをするというシステムづくりをするということを今回提案させていただきました。


それと沼津・三島には私も2・3度行って見学したりしましたが、永続可能な教育という面では、地域限定型・期間限定型であったのは止むを得ないかなと思っています。イベントは視覚化できますが、システムというのはどうも表現しにくいので、その工夫をうまくやっていければ仲間作りもできるのではないかと思います。


みなさんいろいろな方が母体を持っておられるので、そこでリーダーシップとともに、ネットワークを作って、そこにシステム作りが出来れば、何か大阪から起きるのではと思います。そのときは私も協力させていただきます。


▼ 司会


環境教育への参加のお話がありましたが、最後に瀬戸内沿岸の埋立問題と訴訟についてご紹介しておきます。瀬戸内では行政の埋立計画について多くの訴訟が起こされました。そのうち大きな訴訟を3つばかり紹介しますが、広島・海田湾では埋立中止を求めて800人の市民が原告となって訴えを提起し、甲子園浜では実に2000人の主婦や一般市民が埋立阻止の裁判を起こし、織田が浜では1000人近い人たちが原告となりました。それぞれの裁判結果は、甲子園浜は和解が成立し、織田が浜訴訟は最高裁までいき、行政が埋め立て面積を少し減らして、住民敗訴で終わっていますが、各原告市民は、学習会を開き、現地調査を繰り返すなかで、訴訟を続けながら環境教育を実践し、力をつけてきました。30年の間にはいろいろな動きがありましたが、甲子園浜ではそのとき関わった人たちが今でも観察会を開いたり、ガイドを引き受けたりして環境教育に関わっておられます。


永続可能な環境教育のあり方と宗教・文化についての討論、意見交換をこれで終了します。


プリンタ用画面
前
第3分科会:生態系保護と化学物質管理をめぐって
カテゴリートップ
2004集会
次
海外からのメッセージ・ワールド・ウォッチ研究所より (原文)

コンテンツメニュー
(C)Copyright 2006 - Sustainable Society Network. All Rights Reserved.  [ サイトマップ | お問い合わせ | ログイン ]