トップ  >  1994集会  >  「永続可能な社会」に向かって 〜「開発」を考えなおそう!〜  サンダル・ラル・バフグナ(ヒマラヤを救う運動)

「永続可能な社会」に向かって
〜「開発」を考えなおそう!〜



サンダル・ラル・バフグナ(ヒマラヤを救う運動)



開発のジレンマ


 いま、奇跡的な物質文明の進歩が20世紀の終わりを彩っている。この進歩の時代は、アメリカの大統領H.トルーマンが、経済成長の概念を賛美したときから始まった。第2次世界戦争後の1949年1月、彼はその議会演説で、世界の大きい部分が、まだ未開発の地域として残されているとしたのである。こうして、新しい、利便性にあふれた世界のイメージが喧伝(けんでん)された。「開発」という一つのゴールに向かって、全世界の人々が、同じレールの上を走り始めた。開発への道ははっきりしている:「より多くつくること、これこそが繁栄と平和の鍵である」(1)。


 過去40年たらずの間に、世界の経済的な生産高は、ほとんど5倍になった(2)。食糧生産で282%増加し、石油生産で567%、天然ガスで1,143%、原子力で3,260%増加した。同様に金属類の生産も、おどろくばかりに増えた。世紀の中ごろからは、自動車やテレビのようなぜいたく品の消費も、世界的に拡大した。「消費者社会」、われわれが住んでいる社会は、こう呼ばれるのがふさわしい。1950年以後に世界の人々が消費した財貨とサービスの大きさを、ドルを単位にして比較すると、それまでの人類の全歴史において彼らが消費したそれに匹敵する。経済成長をともなう開発をすすめてきたその主役たちにとっては、これは喜び以外のなにものでもないであろうが、しかも人類はいま、この成長の重い代価を支払わなければならないことが明らかになってきた。1945年以後、過放牧、森林破壊、誤った耕地管理のために、196.5億ヘクタールの土地が荒廃した。土地と水は人類にとって基本的な2つの資本である。もしわれわれがこれらの資本を失うと、それ以後の成長の道は閉ざされる。現に1984年までは食糧生産の年成長率が3%であったのが、それ以降は1%に低下している。もっと顕著なのが森林破壊、ことに熱帯林の破壊の速さである。毎年、数千の生物種の住み処である1,800万ヘクタールの熱帯林が失われており、そこでは生物が絶滅しているのだ。さらに森林破壊は、土壌浸蝕、洪水、干ばつ、水源の枯渇といったかたちで、生態学的な深刻な問題を引き起こしている。大洋は食物の最も重要な供給源の一つであるが、汚染と乱獲のために、漁獲高の減少が起こっている。


 環境汚染は開発のもう一つの贈り物だ。われわれはもっと物が欲しい。そのためにはもっと工場がいる。農業や漁業まで含めて、すべての生産の機械化を進めなければならない。その結果、単に大きな工業都市ばかりではない、東京やデリーを含む多数の巨大都市でも、汚染が限界を超えてしまった。70年代に東京で何が起こったか。そのとき酸素を買うための金をもって学校へ通った子供たちの状況が、いま貧しい国々で起こりつつあるのである。デリーの夕方に、混みあった街を歩くと、人々は呼吸困難を覚えるほどだ。


 繁栄は貧困を軽減すべきだが、逆に貧乏が広がる過程を加速した。国連開発の最初の10年が終わった1970年、富める人々と最貧層20%の人々の間の収入の比率は30:1であったが、1991年にはこれが50:1に開いている(3)。


 大量消費社会はまた、富める国々と貧しい国々の間にも、巨大なギャップをもたらした。そしてそれは貧しい国々の間に、富める国の富の水準を求めて、競争する雰囲気を生んでいる。その結果、貧しい国は富める国から技術を輸入し、消費物資を買い込むことになる。莫大な対外債務が生まれ、それらの債務の支払いのために、彼らは、国土の「肥沃さを売り渡す」までになる。すなわち、これらの国々の最良の土地は換金作物の栽培のために用いられ、一方で貧しい人々の間に食糧の不足が広がるのである。彼らはまた、さとうきび、たばこ、ぶどう、野菜、園芸植物のような水分を多く含む作物のかたちで、水までも輸出している。富める国々と貧しい国々の間には、一人あたりの穀物消費量に大きい差がみられる。カナダではそれは年に974kg、アメリカでは860kgであるのに対し、インドは18.6kg、バングラデシュは17.6kg、ハイチでは100kg(10.0 kg?)しかない。富める国では、穀物は家畜の蛋白に変えられている。だが1kgの食肉を生産するには、7kgの穀物が必要である。さらにまた貧しい国々は、牛肉その他の肉類や、動物製品の直接輸出国になりはじめている。南アメリカの大規模牧畜農場の例で明らかなように、森林を犠牲にしてこれが行われているのである。インドは早くから牛肉の輸出国になった。その牛肉は中東に輸出されていたが、最近フィリピンとの間に、年間15,000トンのバッファローの肉を輸出する契約が成立した。動物や動物製品の輸出振興の目標は、年間300クローのそれを2,000クローにふやすことである。このような政策は多くの失業を生み、またエネルギー消費を増大させることになろう。


 つぎには林産物の例を挙げよう。日本は主要な林産物の輸入国である。1961年には、8,800立方メートルの林産物が日本に輸入された。これが1991年には、70,100立方メートルになった。8倍以上である。他の東アジアの新興工業国 ― 韓国、台湾、香港、シンガポールが日本のあとを迫っている。他方このことが、マレーシア、インドネシア、フィリピンなどの木材輸出国の、森林に住む人々の生活に影響を及ぼしている。最近の10年間、ずっと木材を輸出していたタイのような国々のいくつかでは、逆にそれらを輸入しなければならなくなった。これらの国々から持ちだされる木材は、多くの動植物に恵まれた1次林を破壊した。1次林がなくなることは、全体としてみれば、人類にとって恒久的な損失にほかならない。これらの地域に息づいている森林社会は、その基本的ニーズを、それらの1次林に依存しているからである。


 大量消費社会はこのようにして、何百年もの間、そこでは生命が自然と調和を保ち、地球生物圏の一部を構成していた自給自足型の社会を破壊している。おそらくそれらは、発展する経済社会と、自然社会との最後のフロンティアであろう。人間の影響がおよぶ以前には、地球の森林、草地、その他の対流圏の生態系は、全体で毎年1,500億トンの有機物を生産する能力をもっていた。人類はそのおよそ12%をすでに破壊し、いま、さらに27%を利用中である。こうして生物の一つの種であるホモサピエンスが、対流圏の食物供給量の40%近くを盗み取り、残った60%が、数百万種の陸上植物と動物に割り振られている(3)。



このライフスタイルが永続できるのか?


 以上の議論から、富める先端の20%の社会のライフスタイルが、このまま維持できないことは明らかであろう。なぜならそれは、今日地球上にあるよりもはるかに多くの空間と資源とを必要とするものだからである。その一方で、地球人口の50分の1にあたる1.1億の貧しい人々は、食糧にこと欠き、安全な水をさえ飲むことができない。どのような交通手段もなく、自転車さえもない。エネルギーは局地的なバイオマスにたよる。そんな彼らの生活は、年間収入にして一人あたり 700ドル(70ドル?)に満たない。そして彼らは流浪を余儀なくされる。われわれの多くは、開発や環境について語り、永続可能性を論じていながら、このようなものいわぬ人々の苦境を知らないでいる。彼らには、生活の悲惨さを訴えるための印刷機も演壇もない。それら情報手段は、少数者によって独占されているからである。ものいわぬ人々のうえに、莫大な数の知られていない他の生物たち、われわれ人間と同様に母なる地球の子供たちである彼らを加えるなら、この地球上で「ものを言っている少数者」は、まさに大洋における水の一滴だと言わなければならない。


 開発の定義は、その「ものを言っている少数者」によってつくりだされたものである。ヨーロッパにおける産業革命が、人間の思考を根本的に変えた。そして「開発」に新しい定義が与えられた。

1.自然は商品である。あらゆるものが売買可能である。人間にとっての有用性を基準にして、水、木、鳥、獣、すべてのものに値札がつけられる。

2.地球上に存在する社会は人間社会だけである。


 こうして人は自然の唯一の支配者となり、彼はその全能力を自然の開発に集中するようになった。今日われわれがなしとげた繁栄は、技術の適用の結果である。技術は、人間をして、短い期間の間に、自然に蓄積されてきた富を、現実のものにすることを可能にした。これが経済の高度成長の秘密である。産業革命以後の人類は、富めるものも貧しいものも同様に、開発の成果を求めてほとんど気が狂ったようになっている。マハトマ・ガンジーのような傑出した人々だけが、まだ開発があまり進んでいなかった今世紀の初めころに、すでにこのような傾向の悲惨なゆく果てを見通していた。1908年、彼は質問に答えて、ヒンド・スワラジにこう書いている。「インドにイングランドの生活水準をあてはめることはできない。小さなイングランドは、全世界の半分を開発することによって繁栄を手にしたのである。巨大な人口をもつインドがもし同じ道を選ぶなら、ほかに地球がいくつもいることになろう」。このことは今日のすべての国について言えることである。


 開発によって得られる富は、決して公平に分けられることはない。のみならず、エリート層が神様のようにあがめる「無限の経済成長」は、人類の行為の目的などではありえない。富をともなう開発は、われわれを自然から連れ出し、背教者に変えてしまう。堕落した社会の特徴は、誰の目にも明らかである。


1.軍事予算が底知れず増大し、人類の知識は軍事研究に最大限に利用され、戦争の恐怖が社会をおおう。現在世界中で、50万人の最も優れた頭脳が軍事研究に動員されている。社会の内部に危機のポテンシャルが膨れあがる、これがコインの片面である。


2.環境汚染はもう一つの開発の贈りものだ。もっと多く、もっと多くと、ものを生産しようとする結果、さらに多くの煙突や工場の排出口が必要になり、騒音やダストが充満し、樹木の乱伐がおこなわれる。私は70年代の初めに、ユネスコの広報紙に載った漫画のことを思い出す。一人の小人が大きい木を抱えて走ってきた。誰かが彼に尋ねる。
「なぜ走ってるの? 何をあわてているの?」。小人はこう答えた。「コンクリート道路が迫ってくる。この木に安全なところを探してやらなくっちゃ」。資源の枯渇、地球の生産能力の低下、これがコインのもう一つの面である。


3.貧困と飢餓。より多くのものを生産することが、どのようにより多くの飢餓を招いているか。私たちはすでにみた。

 
 いままで人類が生き延びてこられたのは、宗教が人間の欲望を制御するのに重要な役割を果たしてきたからこそである。どんな宗教でも人間行動を律するおきてをもっている。遠いむかし、人間が生き残ることと自然との関係を、正しく人々に説いた先覚者たちがいる。インドには、15世紀の終わりと16世紀の初めに、2人の聖者がいた。一人は雪深いヒマラヤにいたイスラム教徒のナント・リシ、もう一人は砂漠の聖者、ラジャスタン・ランバージである。リシは言っている。「森があるかぎり、食べものは十分にある」。森は土壌生産の工場であり、川の生まれる源だという意味である。土と水は、人類の2つの基礎的資本であることはいうまでもない。ランバージは、彼自身が遭遇した激しい干ばつの体験から、「干ばつは人間の誤った行動に対して自然が与えた罰である」と言っている。彼は自分自身がよい行動をできるようにと、29の規則をつくったが、ここにそのうちの2つを挙げよう。「緑の木を切らないこと」「動物を殺さないこと」。のちにこれらの規則の追随者たちが、「ビシュノイ」と呼ばれる社会をつくった。「ビシュノイ」は木々を斧から守り、動物たちをハンターから守るのに、彼らの生命を投げだした。この偉大な犠牲は、1730年になされている。そのとき、363人の男女が、アムリタ・デヴィという女性を指導者にして、ジョドプールの近くのケジャドリの村落で、アカシアの木を守るのに彼らの生を捧げたのである。
 
 都市化の進展をよいことだと考える今日では、なぜこのようなことが起こらないのか。答えは簡単である。われわれの知性は発達したが、感性のそれが取り残されている。われわれは迅速に経済的な収入にはねかえるかどうかでものを考え、そんな眼鏡を通してものごとを見ている。われわれは感じることをやめている。木は酸素の供給源として、われわれが生き残るためにこそ必要であり、われわれと同じ生物なのだという科学的な知識がありながら、われわれは鈍感になっているので、木から造った大量の製品を使うとき、知らず知らずのうちに、われわれが暴力を行使しているのだとは思わない。経済学は近代人の宗教である。市場は寺院であり、技術者たちは僧侶で、ドルは神にほかならない。
 
 われわれは経済学という宗教の熱心な信奉者になってこのかた、地球を収奪する例をたくさん見てきた。もうこんなことはやめねばならない。それは多少の富をもたらしはしたが、平和と幸福を代償にした。豊かな社会とはいうものの、人々は犠牲にした平和をとりかえすための「薬」に頼り、幸福感を回復するための享楽を追い求めることになる。こんな状態は、どちらも長くはつづけていられないし、結果は悲惨なことになるだろう。



新しい地平に向かって


 人類が長らく抱きつづけてきた夢は、永遠の平和、幸福、そして自己実現の達成であった。革命家たちは、それらを実現する道を説いた。近代の支配者たちもまた、そんな社会の薔薇色の姿を描いてみせた。さて、いまから2,500年ほど前、インドには若いシッダルタ王子がいた。彼は子供のころ、人々の苦境を見るために、あちらこちらを連れ歩かれた。そして成年に達した彼は、従者たちの苦しみを軽減する道や手段を見出そうと、ますます心を砕くようになった。だが近代の支配者たちとは異なり、彼は人々の惨めさを救うには、自分が宮殿の中にいてはできないと思うようになる。そして宮殿を捨て、ふつうの人間になり、身をもって悲惨を味わい、40日の断食をした。光が降りそそぎ、彼は悟りをひらく。苦しみを引き起こしている主な原因は、人間の欲望である。苦しみを終わらせるには、欲望を捨てればよい。釈迦はニーズと欲望とを区別している。私たちのニーズは充足されるべきだが、欲望には憧れるべきではない。ところが大量消費社会は、決して満たされることのない欲望をかきたてるのである。


 ガンジーもまた、同じ結論に達してこう言っている。「人間の本能などたよりないものだ。本能はつまらないものを追っかける。肉体により多くを与えれば、肉体はさらに多くのものを要求するようになるのだ。官能的満足を求める欲求は、それらの充足ののちに増大する。そこでわれわれの祖先は、欲望に限界を設けた。彼らは、欲望への憧れを放棄せよと勧めている。また彼らは、大きい町をつくるのは無用なことだと考えた。強盗団が生まれ、娼婦が辻に立ち、貧しいものが富めるものによって収奪される。大きい町は人々を決して幸福にはしない。だから彼らは小さい村に住んで満足した。彼らは支配者の剣よりも、倫理の力の方が強いことを知っていた。彼らは支配者を、賢明な預言者や哲学者よりも卑しいものとみなしていたのである」(4)。インドの独立がほぼ確実になったとき、ガンジーはジャワハラルと、開発の問題について論じている。彼は自然との調和が保たれるならば、人間のニーズを充たすための資源が不足することはないと確信していた。彼は言っている。「地球にはすべての人のニーズを充たすだけのものは十分にある。しかし彼らの欲望を満たすにはとても足りない」(5)。


 釈迦は開発を、個人あるいは社会が、その生において、恒久の平和、幸福、自己実現を享受している状態だと定義した。それはわれわれが、自然に対する行動を変えるならば実現できる可能性がある。われわれは自然から食べ物を得なければならない。このために自然の昇華を目的とする人間の技術は、すべての生物のニーズを充たすためにこそ開発されなければならない。加えてわれわれの傷ついた地球を治療することも必要だ。こうしてこそ人類は、「自然」から「文化」への到達という長い間求めてきたゴールを達成して、救われることになるだろう。



清貧に甘んじること


 そんな社会へ向かう実行可能な最初のステップは、人々が清貧に甘んじることであろう。清貧とは、強制されない簡素な暮らしのことであり、すべての宗教が、世界に向かって広めようとしている徳のうちの一つである。清貧を実行する人間が自然から取り込むものは極めて少なく、彼が自然のもつ再生のサイクルを乱すことはない。一方「豊かな社会」では、開発の結果としてとんでもない量の廃棄物がつくりだされている。問題の「永続不能性」は、過開発の落とし子である。


 現在のシステムでは「永続可能性」を維持することはできない。鉱物や金属は、地球には有限の量しか存在していないにもかかわらず、それらを最大限度に使用することによって、システムが成り立っているからである。それらの資源はやがてなくなる。再生もできない。そんなものへの依存はまた、それらの資源の存在する地域を、富める国々のあいだの争いの渦中に巻き込んでしまう。その地域がもし自らの資源を管理して保全しようとすれば、そのことによってまた静寂は乱され、緊張が高まるだろう。仏教の世界では、平和は最優先の課題なのだ。E.F.シューマッハは、著書「小さいことはすばらしい」の一つの章の全体を、仏教経済の記述にあてている。


 酸素、水、食物、住み処、衣服といった基本的なニーズは、われわれのまわりから調達されるべきである。ところが統制のとれない無責任な消費社会のせいで、これまでそれらは遠く離れた地域から調達されるのが常になっていた。われわれがもし自分たちの周辺の資源に依存して生きるなら、彼らはこれらを保全し、いつまでも使いつづけていかなければならないと感じるはずである。今日なお清貧の生活と、ほとんど再生可能な資源の使用だけに頼る古い文化が生きている。著名な生態学者 E.ゴールドスミスは、32年間の研究の成果をまとめてこう言っている。「土着の社会の世界観、ことに人々がいたるところで自然界と調和しながら生きていたはるかに古い時代の世界観が、われわれにインスピレーションを与えてくれる」。そんな社会は、生物界に敬意を払う社会であり、「あらゆる利益と、したがって富の源である地球の生物圏は、それ自身がもつ厳格なおきてが守られているときにのみ、それらの利益をわれわれに分け与えてくれるのである」(6)



別の生き方を探すこと


 ライフスタイルが大変複雑になったため、われわれは多くのものにたよらなければ行動することができなくなっている。最も重要なのはエネルギーであるが、今日われわれが試行錯誤で使っているエネルギー源 ― 核エネルギー、火力、大きいダムによる水力 ― など、いずれも危険であり災厄をもたらしかねない。チェルノブイリの事故の後、人々の思慮が、工業化された西の世界において、事実上原子力発電所の建設をストップさせた。火力発電所は、大気中のCO2濃度の増大のために、考えなおそうとされている。大きなダムは、人口が少なく、国土が広く、そのために影響が現われない工業国においてだけ関心がもたれる。ダム建設に関して、これまで問題にされてきたのは、事故の危険だけであった。だが現在、それは貧しく人口密度の高い国々においては、何百万の人々の移住と、肥沃な土地や森林の水没を引き起こす。そのために反対運動が起こっている。世界で一般化しているエネルギー政策は、人間その他のためのエネルギー源を掘り崩す。それは見方によっては、人間と動物たちを、エネルギー利用から遠ざけ、飢餓を強いていることにもなろう。いま貧しい国々の動物たちは、外貨を稼ぐために大量に屠殺されているのである。


 永続可能な社会においては、人力、家畜の力、生物エネルギー、太陽エネルギー、風力、潮汐力、地熱、自然な川の流れによる水力が、最大限度に用いられるべきである。これらはいずれも再生可能で、かつ汚染が存在せず、極めて分散させられたエネルギー源である。


 もう一つ、工業が問題にされなければならない。汚染とその拡大の源は、集中立地された工場群である。だから少なくとも、食、住、衣という人々の直接のニーズにかかわる産物の生産くらいは、集中的でない方法でなされるべきである。そうすれば集中生産には欠かせない非生産的な人々の集団を、社会が養っていく負担からも解放されることになろう。非生産的な人々の集団とは、管理者、銀行員、ブローカー、宣伝や輸送に関係する人々などのことを言っている。分散された生産システムは、多くの問題を引き起こしている大量のエネルギー利用を極度に少なくするだけでなく、人々の創造力や、地域で発揮される能力を引きだす役目もするはずである。


 ガンジーは、小さい自足型の社会の見本をつくってみせた。食べ物をつくり、自分たちの着る衣服を紡ぎ、その他の生活の必需品も、みんな自分たちでつくるのである。



植林


 消費社会は商品としての森林だけに関心がある。そのため森林破壊のこわさがよく知られている今日でさえ、増大する工業的要求に合った単一の樹種の植林だけが行われがちである。そのため生態系のバランスは崩れ、最終的には地球の緑被を、誤った感覚で再生することになる。森は一つの生物社会である。もちろん主人公は樹木だが、その樹木にはさまざまな種があり、また若い木も古い木もある。そのうえ、つる草、潅木、草、ハーブ、さらに昆虫や鳥や、その他の野生動物たちがいる。彼らはその社会の中で、密接にかかわりあいながら生きているのだ。


 人類にとって2つの基本的資本である土壌と水は、森林の産物である。なかんずく自然林は、それらの最良の生みの親である。それゆえ政策の優先課題は、自然林を保全し、保全地域の範囲を広げていくことに置かれなければならない。単一樹種の森林は、食物やまぐさや燃料や肥料を、さらには繊維を生みだす種たちの混合林に変えられなければならない。それらの樹木は、社会に永続する収穫をもたらすであろう。これらの樹木を育てることによって、生態学的な機能が維持される一方、木の実、果物、まぐさ、干し草、堆肥、繊維などのかたちの生産物は、社会の経済的要求にも答えるはずである。


 20世紀の初めに、アメリカの科学者スミスが、食物を得るための植林を提唱していることは特筆に値する。同じころ日本の有名な社会運動家、香川もまた、裸山に緑を回復しようとして、同じことを示唆していた。マハトマ・ガンジーは1926年、協力者たちに対し、将来の農業が森林経営になるであろうと書き送っている。森林は管理に必要な労働力が少なく、使用する水も少なくてすみ、また雲と雨を呼び寄せる。ガンジーは倫理的価値を基準にしてすべての活動を評価した。彼はこう結論している。木の生産物によって生きる人々は、より非暴力の倫理を身につけており、平和な社会づくりに責献していることになるだろう。われわれの考えや活動は、自らが食物を得る方法によって影響を受ける。非植物性の食事をとる人間は、その態度が野生動物に似てくる。穀物によって生きる人間は、草を食べるペットやその他の動物に似てくる。そのようにして食物をつくる過程において、われわれは地球に対して暴力をふるっているのだ。


 「樹木の人」と呼ばれた人道主義の科学者 R.S t.B.ベーカーは、まず母なる地球の傷を完治させ、つぎには増大する人口を養うために、食物を得るための樹木を植えるようにと提案した。われわれが木から食物を得るようにすれば、同じ広さの土地を使って穀物を栽培するのに比べて、5〜10倍も多くの食べ物を得ることができる。もちろん逆に動物性蛋白質を得ようとすれば、その生産量は穀物の場合よりも、さらに大幅に少なくなる。


 土壌の生命力を損なうことなく、より少ない土地で、より多くの食物を生産する技術が完成するまでには、まだ相当の時間がかかるだろう。当面は食物を生みだす樹木を育て、食用になる種子、油のとれる木の実、栄養価のたかい蜂蜜や、果物の生産に政策選択の優先度を与えることが必要である。木の実のカロリーはたいへん高く、100gのくるみの実のカロリーは、500gの肉に匹敵する。



日本 ―  昇る太陽


 この4年以上もの間、私はヒマラヤの聖なるガンガの主流、バギルチの堤に坐り込んでいる。高さ260.5メートルの、アジアで最大だとされるダムの建設に抗議するためである。何百万の人々の信仰の対象になってきた聖なる川を殺すばかりではなく、それは危険な冒険でもある。科学者たちの警告をよそに、ダムは高度な震源地帯に建設されつつあるのである。私はしばしば考える。どうしてこのような愚行が行われるのであろうか。答はいつも同じである。現代人は経済的成長をともなう開発に中毒している。私には既存の何らかの技術がこの病気を治してくれるだろうとは思えない。なぜならいまは、技術自体が病んでいるからだ。われわれは新しい技術、つまり人々の心を変える技術を必要としている。そしてこれは成功するにちがいないと思う。歴史の中にそれを支持する証拠があるからだ。


 釈迦もキリストもガンジーも、すべて社会革命家たちは、われわれに行くべき方向を示している。それぞれの時代において、彼らはふつうの人々の経験を総合した知恵という資本をもっていた。われわれは、人類の運命を変えることのできる力の一つである科学をもっており、そんな意味では恵まれている。インドの放浪の聖者、アチャーリヤ・后Ε弌璽瑤蓮△弔のような図式を観察した。   
科学+政治=原子爆弾    
科学+己を知ること=サルボダヤ(すべての人々に対する美徳)


 日本などの工業先進国は、工業化の進んでいない国々に対して、特別な責任を負っているはずだ。彼らは大プロジェクトに投資をしている。それらのあるものは大規模ダムの建設や原子力発電所・火力発電所の建設であり、また海老の養殖事業であり、あるいは贅沢な観光事業、さらに屠殺場の建設などである。だがそれらは、当の国々において、貧しい人々の生活手段を奪い、彼らを餓えに追いやっている。一般化している新しい技術の分野で、たとえば病気の追放を援助するなど、多くのことができるはずである。富める国々によって蓄積された富は、貧しい国々に鋤きかえされ、貧困に痛めつけられている人々の自助努力を支援するべきである。


 日本は昇る太陽、太陽神は幸福をもたらし、暗黒と闘うエネルギーと力をもつ神としてあがめられている。そしていま、人類は闇の中にいる。日本は平和への道を示してくれるだろう、「永続可能な社会」へと向かう現実的な方向と方法を発展させ、幸福と充足への道を示してくれるだろうと、大きな期待をもって私はここにきた。われわれは自らのライフスタイルを、簡素と抑制とよき態度を基本にしたそれに転換し、地球に高い理想の光を投げかけることができるだろうか? およそ技術なるものは、このような方向に向かって適用されるべきものである。何がヒューマンであり、どちらが残酷であるかを見分ける最も簡単な方法は、頭にあることを何でも心に聴いてみることである。そしてその心の声にしたがって行動すればよい。


 私は知識のシンボルとして、科学者たちにお願いしたい。さらに行動のシンボルである社会的活動家の人々、献身のシンボルとしての文筆家、芸術家、ジャーナリストといった人たちに、前へ乗り出してくれるようにお願いしたい。まず地域に小さなグループをつくり、そこで問題を解く現実的な解を見出し、新しい「永続可能な社会」のたいまつを掲げてほしい。崇高な行動を成功させるためには、どうしても知識と行動と献身の、3者の結合が必要である。小さなグループは、潮の流れに逆らって泳ぐかのように、多くの奇異の目と闘わねばならないだろう。しかし未来は彼らのものである。この確信をもって、「永続可能な社会」というゴールに向かう行進をつづけよう。私たちのモットーは



  生に向かってイエス! 死に向かってノー!


(1) Sack W. On the Archaeology of Development Idea The Ecologist  Vol.2 1990
(2) Brown L.R. The Illusion of Progress in “State of World 1990”
(3) Postel S. Carrying Capacity Earth's Bottom Line from Peter M. Votousek's article in Bio-Science June 1986
(4) Gandhi M. K. Hind Swaraj 1909
(5) Pyarelal Mahatma  The Last Phase Vol.2 Towards New Horizons
(6) Goldsmith E.  The Way 1992

(とくに1994.3.19.日本 神戸における「永続可能な社会」に関する国際会議のために)

[林 智  訳 1994.9.22]


 

プリンタ用画面
前
記念講演 「持続する社会」をいかにつくるか  宮本憲一
カテゴリートップ
1994集会
次
パネル討論会 「サステイナブル・ソサエティ」を求めて

コンテンツメニュー
(C)Copyright 2006 - Sustainable Society Network. All Rights Reserved.  [ サイトマップ | お問い合わせ | ログイン ]