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SS集会記念論文集の編集を終えて



編集事務局のブースから



<コラム機


●環境問題が今日の最重要課題だといわれる理由は、人間と、その生存を保障している自然との関係が破壊されていることである。だが環境問題は、人間と人間との関係をもまた破壊する。人間の存続のためには、自然の利用は欠かせない。そのとき自然利用のあり方が問題である。特定の人間の利益だけを考えた自然利用であれば、他の人間、あるいは人類全体の存続にとって好ましくない事態が生じる。環境破壊を契機として、良好な人間環境が破壊される。環境破壊の現状をじっくりと観察し、それがどのようなしくみから生じたのか、このまま環境破壊が進めばどのような人間関係の破壊が生じるか、どうすればそれを回避できるかを自ら問うてみることが重要である。


●ゴミ問題などで消費者の消費態度が問題にされることが多い。「過剰な生産が行われるのは過剰な需要があるからだ」とも言われる。間違いではない。しかしこの主張は、生産者が広告宣伝によって、消費者の欲望を喚起しているという事実を見ていない。ゴミと消費者との関係だけで、生産者(人間)と消費者(人間)の関係には立ち入って考察がなされていないのである。いずれゴミ対策が限界にきたとき、この両者の関係はきわめて悪化するであろう。そのどちらに肩入れすることもなく、自らを問いなおしてみることが重要である。


●南北問題も同様である。途上国の飢餓は早急に解決すべきである。その際、どのような利害対立がそれを引き起こしているかに注目することが重要である。南北問題をめぐる対立には、工業先進国の人々と途上国の人々の利害対立はもちろん、途上国内部での利害対立など大小の対立がある。この対立を解消することが、環境破壊とともに人間関係の破壊を食い止めることにつながる。


●与えられた環境の中で、人間同士が対立しないで生きていける自由で平等な社会。サステイナブル・ソサエティの理念として、欠けてはならない柱である。(友野哲彦)



<コラム 供


●科学が明らかにした知識にしたがって宇宙史をひもとけば、宇宙の巨大さやその進化の歩みの着実さにくらべて、人類と人間社会がいかにささいな存在であるかということを実感する。後者はまさに浜の真砂の一粒にすぎないと言うべきだろう。


●いいかえれば、人類が地球の上で、いかにばかげた行為をしでかそうと、宇宙にとっては痛くもかゆくもない。水爆や環境破壊によって滅んでいく人間社会を見やりながら、彼はだまって、どこまでも、自らの歩みをつづけていくことはまちがいがない。


●このことを自覚すれば、われわれがSSを打ち立てようとするのは、われわれ自身、人類、人間社会のため、いわば身を守るためであって、環境のためでも、自然のためでも、地球のためでも、宇宙のためでもないことはおのずから明らかである。


●もう10年以上も前のことになる。自然保護運動をするある人から、「ヒューマニズムはもう古い」と執拗にくらいつかれた。ヒューマニズムを掲げて、人間は地球を殺すというのである。先日立命館大学の平和ミュージアムが、市民向けの連続講座をした。「平和と地球環境」というのを引き受けて、そこで「一人の生命は地球よりも重い」と、人権擁護をふりかざしたところ、ある年配の女性から、そんなことを言っているから「『宇宙船地号』が失速する」ときついお叱りを受けた。


●94年3月のSS集会、第1日目や第3日目の全体会議の場においてさえ、「ヒューマニズムを超える」「自然そのものがもつ権利を守る」などという、筆者からすれば物騒きわまりない考えが、底流として流れていたような気がしてならない。


●人権とともに、自然物の権利、たとえば犬にも権利がかりにあるとすれば、それらの両者を与えた「神」がどこかに存在するはずである。そこで人間社会にあって、「神」が与えた彼らの権利を守ろうとすれば、人間の誰かが「神」の代弁をしなければならない。そこには「お犬様」の世界(ファシズムの世界)ができるのではないか。市民運動はそのエネルギーと引き換えに、しばしば逸脱の危険を内包している。大事なことは宇宙の進化の流れの中に人間社会が存在するのだという「科学的思考の貫徹」と、われわれの「人間尊重の立場を何重にも確認すること」だと思わないわけにはいかない。(林 智)



編集後記


○集会からほぼ半年が経過しました。参加者のみなさん方からの「プロシーディングス はまだできませんか」の声と、林先生(編集長)からの深夜にわたる何度かの電話。気持ちだけはあせりながらも、いろんな雑用に追いまくられて十分なことができなかったのが心残りです。集会の内容を十分伝えられるものになったでしょうか。このあとまだ英語版の作業があります。集会当日お世話になったボランティアのみなさん、またよろしく。これが終わるまで1994年の年末は迎えられそうにありません(釘宮延恵)。


○ 「8月末に完成」という公約から、かれこれ2か月近くも遅れる始末になりました。
  いくらかは言い訳がないでもありませんが、結局は編集事務局(林、友野、釘宮)の力不足です。首を長くしてお待ちくださった集会参加者の皆さん、編集委員会の先生方(集会役員と分科会の組織者)、お許しください。論文をいただけなかった報告者の方も若干ありますが、逆に論文参加をしてくださった方のご意見も、いくつか掲載することができました。いずれにしてもこの論文集が、SS実現を求める私たちの討議・実践の貴重な資料になることはまちがいないと自画自賛しています(林 智)。


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